March 20, 2014

初めましてな方にお薦めすべきもの

初めてガンプラを作る人にどのキットをお薦めすればよいのか…。
35年ほどの間にガンプラの種類は増殖を続け
ほとんどのガンプラが頻度は別として生産可能な状態に保たれている。
品揃えの良いお店でガンプラ棚の前に立つと
確かに模型の国新入生諸氏は何を買って良いのか判断に迷うことだろう。

カワグチ的には好きなMS、キャラクターがあるのであれば、
それにまつわるキットを手にしていただくのがベストとお答えしている。

世間的には安価でパーツの少ないキットをお薦めするべきという空気がある。
パーツを組み立てて完成させるプラモデルという商材の性質上
慣れない方にとってパーツが少なければ
確かに必要以上の労力を要することもなく完成には至る。
初めてガンプラを手にする人にとって高価なキットは手控えてしまうだろうし
ちゃんと完成しないかもしれないという危惧があれば
確かに安価なキットの方が手軽に感じられるかもしれない。

だが、完成した時の満足度という点ではどうだろうか。

とにかくひとつガンプラを作ってみて飾っておきたいという指向であれば
組み上がりのサイズ的には1/144<1/100<1/60<1/48という具合に
満足度は並べられるのではなかろうか。

変形するものは変形する、合体するものは合体するといった
MS固有のバリューは再現されていて当たり前だと思われるだろう。

組み上がったものと自分が知っているMS像、或いは箱絵と比較して
デザインが異なる、配色が異なる(省略されている)ものはガッカリさんだと思う。
シールで再現された配色よりも部品段階で色分けされていて欲しい…等々、
初めて作る人の満足度のハードルは実はかなり高い。

安かろう悪かろうは初めて作る人にとっては
ガンプラに対し期待外れなものになってしまうのではなかろうか。
そうなるとその人は2つ目のキットを手にすることなく
模型の国を去ってしまうかもしれない。

ガンプラの場合、説明書に従いパーツをランナーから切り出し、
ゲート跡を成形して組み立てるという作業単位を繰り返していくことで
ほとんどの方は完成品を手にすることが出来るような仕様になっている。
それはHGでもMGでもPGでも基本的には変わらない。
完成に至るプロセスに関してはパーツ数と繰り返す作業数は比例する。
そこには特殊な加工やテクニカルな組み立てといったものは基本的には無い。
初めての人にPGをお薦めするのはさすがにどうかとは思うが、
ある程度のパーツ・工程数はそのキットに対する思い入れが強ければ
モチベーションを維持することはある程度までは可能だと思う。

逆に何となく買ってみた…的な気分でガンプラを手にされた方は
HGあたりでも作っている途中で辟易とされるかもしれない。


プラモ製作ツールにしても
安かろう悪かろうはお薦めするべきではないと思っている。
キットよりも高いツールに躊躇する人は多いと思うし
初めましてな人は自分に使いこなせるだろうか…と不安になるかもしれない。
特殊な工具は確かに使うのにそれなりの技量を必要とするかもしれないが
ニッパーやヤスリといったベーシックツールに関しては
お財布事情が許すのであれば多少値が張っても良いものをお薦めしたい。

ニッパーなどは顕著なのだが、ゲートカット~跡処理を行う場合
切れ味の良いニッパーを使うとゲート跡の処理を楽に済ますことが出来る。
お安いニッパーの場合、ニッパーでカットしてカッターで整えヤスリで仕上げる。
切れ味の良いニッパーであれば
カッターでゲート跡を整える作業を省くことも可能だったりする。

ガンプラの場合1パーツあたり、だいたい3箇所のゲートがある。
HGクラスで平均100パーツくらいある訳で×3、
素組みで丁寧に仕上げようと思ったら
300のゲートカット、跡処理を行う必要がある。
MGで300弱のパーツ数なので900の処理を要す。
ゲート跡の処理を楽に済ますことが出来れば
完成までの時間、労力を劇的に減らすことが出来てストレスも軽減される。

箱を開けて成形品の束に尻込みする人は
実際に作業を始めてゲート処理をする段階で嫌になるかもしれない。

先行投資で多少お高いツールを揃えたとしても
継続的に作る意思のある人であればきっと償却できるはず。

お試しで買って作ってみた…という方には無理にお薦めしないが
模型趣味…いいかも、と思っていただける方には
ツールも良いものを揃えていただきたいとかなりマジに思っている。

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June 25, 2013

模型の国の縄張り争い①

以前よりカワグチ的にはプラモデルと女性の親和性は高い、という話を折々でしてきた。
その一方で女性がプラモデルを嗜むことを珍獣を見るがごとく取り上げるメディアに対し
不審の目を持って見ていることも記してきた。

基本的にそのスタンスは自分の中では全く揺らいでいないのだが、
熱心にプラモデルを楽しんでらっしゃった女性モデラーがある日、模型の国から去ってしまう…
という例に度々接し、その辺りに思いを巡らせていて思ったのは
形骸化しているとは言ってもやはり「模型は男の趣味」という固定概念は根強いということ。

特に年季の入った模型趣味者の中には「模型道に女子供が入ってくんじゃねぇ」という
些かアナクロな求道主義があり、排他的傾向が強い方が少なくないのではないかと思ったりする訳です。
また、男が大半を占める模型の国に女性が入ってくるとオス化する人も少なくないようで
排他と下心の入り混じった直接・間接の攻勢に晒されれば、
女性にしてみれば、そりゃぁ耐え切れるものではなかろう。

今までは女性モデラーのコミュニティに対してはメディアの好餌という印象があり
カワグチ的には比較的ネガティブな見方をしていたのだが
絶滅危惧種が何の手段も講じず放置されていればそのまま絶滅の道を歩むを例にするまでも無く
彼女たちが模型の国に根付くためには
誰からも脅かされることの無い入植地は間違いなく必要なのだろう。

カワグチは女性モデラーに対して否定的と思われているROMさんもいらっしゃるだろうが
冒頭に述べた点は過去日記をサルベージしていただければ詳細が発掘出来ると思う。
今回はそこに現実的な視点が加わったということですよ。

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February 22, 2013

方便としての"リアル"という言葉

模型の国の住人が目指す方向性の大きな流れに"リアル"という志向がある。
よりホンモノに近づけるというのが模型的志向のひとつだとするなら
近づけば近づくほど"リアル"ということになる。

ホンモノの無いガンプラの場合は
もし本当にモビルスーツなどという戦闘兵器があったとしたら…
という仮定に立ち、その場合どういうものになるだろうと想像をめぐらせ
表現していくことが多くの場合"リアル"とされる。

お台場の18mさんを見上げながら、これが走り回り、飛び回り、転げ回り、
敵と撃ち合い、殴り合い、蹴り合うことを想像すると
"リアル"ってなんじゃい? と正直なところ思わなくも無い。

それを言い出すと全否定になるので、
そこには触れず模型として"リアル"を志向する、というのが
自分も含めた多くのガンプラモデラーではなかろうか。

関節部に油圧シリンダー風のディティールを入れるとか、
航空機のブレードアンテナのような意匠を入れてみるといった、
既知のディティールを入れることで機能を想像させるといった工作的アプローチや
塗装の剥がれや汚しを加えることで使用感を表現するといった塗装的アプローチなど
現在様々に見られる"リアル"に見せるためのアプローチは
"リアル"という記号を盛り込んでいく作業であると思っている。

極論すればホンモノっぽく見せるための方便が"リアル"という言葉であり
ホンモノっぽさというのも人によって感じ方が異なるので
これこそが"リアル"という絶対的な定義は実はどこにもない。

カワグチなどはスケールモデルを作りながらガンプラも作るという経歴を経ているので
その考え方、手法を使って"リアル"と思われる自分の中の回答を作ってきたつもりだが
大河原さんの設定線画に近付けることを、或いは、
「めぐりあい宇宙」の安彦さん作画のガンダムに近付けることを"リアル"とする考え方もある。

あんこうチームのIV号戦車の砲塔に劇中には無い控えめに描いた藤の花を入れるとか…
絶対負けられない生徒会の38(t)に勝手に履帯脱落防止板を付けてしまう…
というような暴挙もアニメの作品に登場する乗員やドラマを踏まえて想像を逞しくすれば
考えようによっては"リアル"の表現方法のひとつと言えなくもない。

個々人が求める目標を表現するためのアプローチは
すべからく"リアル志向"と言えるのかもしれない。
それを"リアル"の定義とするのはあまりにも乱暴だと思うので分けて考えるべきだとは思うが、
"リアル"の定義が曖昧であることには変わりは無い。

このあたりの"リアル"に対する意識の持ち様も
先日の"自由"、"自分に課すルール"の話とかぶってくる…と言うか
自分に課すルールのひとつでもあると思う訳で
そこがブレなければ作ってる最中に迷走したり暴走することも無いとは思うんだねぇ。

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February 20, 2013

模型の国に於ける"自由"

模型の国で時々聞かれる言葉に"自由"或いは"自由度"というのがある。

カワグチ的には普段から
「自分の趣味なんだから自分が思うように作ればいいじゃん…」
などと言っている訳だが、
「他人の目を気にして模型が作れない…というのは本末転倒じゃね?」
「こうしなきゃいけない的なお作法があるから模型はめんどくさい…って思い込んでない?」
というあたりが真意だったりする。

ここでポイントになるのは自分が納得できるか、満足できるか、というところで
ガルパンでおピンクのリーがあるんなら黄色いグラントがあってもいいかも…
などと思うのはその人の感性であってそれは自由の範疇。
本人が納得して作るんならそれでもいぃじゃん…でも、俺は作らないけど。
WLでマストを細く作り変えるの面倒だからパーツのまんまで作ります…というのも自由。
それで編成出来るくらい艦艇を揃えられるんならそれでもいいじゃん…俺は気にするけど。
というのがカワグチ的なスタンスだったりする。

こういう書き方をすると突き放したような印象を持たれるかもしれないが
自分だって模型の国にやって来た当初はそんな感じだった訳で
当時はそれなりに自分の中で満足はしていた。
ただ、興味を持てば持つほど知識欲が生じるのが人情で
知識が蓄積していくと納得のハードルは勝手に上がっていく。

ゼロ戦を真っ黒く塗って夜戦塗装だぜ、カッケぇ~と喜んでいた小僧も
知識が備わってくると、
零戦の夜戦型は20mm斜銃を装備していて…などと薀蓄をたれるようになり、
その段階で黒塗りのゼロ戦は急に色褪せ闇に葬りたくなる。
それが自分の中の納得度のハードルが上がった瞬間であろう。

黒塗りゼロ戦に喜んでいる小僧に
大人が「そんな零戦は無い!」などと冷や水を浴びせかければ
小僧は意気消沈して模型の国を去ることを決めるかもしれない。

誤りを正すのは知識を持つ者の努めだと思っている人はそれも止む無し…
と思うのかもしれないが、ハッキリ言って大人気ない。

「確かに夜戦用に黒く塗った戦闘機はあるけど、零戦の夜戦型は…」
と、道を示してくれれば小僧の知識欲は掻き立てられるはず。
否定するのは簡単だが、それは自分の知識を誇示するだけの自慰行為に過ぎないと思う訳で
他人の自慰行為に付き合う義理は誰も持ち合わせていない。

最初っから超絶技巧でスゴイ模型を作れるヤツなんてそうそういる訳ではなく
大人気ない人だって最初はブンドドに興じていたのかもしれない。
模型の国に長く住んでいるとそういう記憶は消去されがちだが
次代の模型の国の住人予備軍を育む上で
カワグチ的には"否定から生まれるもの無し"という意識は譲る気は無い。

だからと言って、
手抜きの言い訳として「どう作ろうが俺の勝手」と嘯くのもどうかとは思う。
特にキャラものの場合、本物が無いから自由に作ることが出来るという表現がよく使われるが
本当に自分で納得してるの?と、聞いてみたくなることはままある。

カワグチ的には模型の国で言うところの"自由"は
"自分の中でルールを作る自由"だと認識している。

パンターにDAKのマークは付けないし
赤城に天山を乗せることは自分の中で絶対に良しとは出来ない。
でも、VII号戦車の模型を作るのであれば暗視装置を付けてみよう…とか
unicraftのJu187を作るんならルーデルの機体にしようか…などとは思う訳で
考証という制約を課した中でどれだけ楽しめるかというのが自分の中のルールだったりする。

ガンプラにしても然り。
カワグチ的にはルウム戦役で戦ったGMなどというものは作れないし
黒い三連星のゲルググというのは全く食指が動かない。

そういう意味ではカワグチが自分に課している自由度というのは甚だ不自由なものかもしれない。

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January 30, 2013

"How-to"嫌いだけど、全否定はしないよ

趣味世界の模型なんだから好きに作ればいいじゃん…
というのは無責任な言葉だとも思う。

趣味としてある程度志向が定まっている人ならいざ知らず
初めましての人にとっては、何をどうしていいのか、
キットの他に何を買ってくればいいのか、
その辺から模索しなければならなくなる訳で
その際に道を示してくれるガイドはやはり必要になる。

初めて訪れた土地で目的地の名称だけ知らされ駅前に放り出されたら
歩きで行けるのか、バス使うのか、タクシーで行かなきゃいけないのか
最初の段階で絶望感に見舞われることになる。

駅員さんに聞く、交番で聞く、駅前の地図を見る…
何らかの形で手掛かりを得て、初めて目的地へ行けそうな気がしてくる。
その町に住んでいる人なら誰でもが知っている場所でも
初めて訪れた人には基礎情報そのものが無い。

パーツの切り出しはニッパーがいいよ…
カッターとヤスリは用意しよう…
といった基礎情報も、初めましての人にとっては得た方がよい情報であり
その点でHow-to的なものは確かに必要ではある。

ただ、だからこそ
技法を羅列しただけの通り一遍のHow-toは迷惑だとすら感じる。

模型誌さんでツール特集やHow-to特集に人気があるのは知っている。
目的があって、手法の選択肢があって、方法論が提示される、
シンプルに作ることだけを記すとしても
個々にそんなことやってりゃ
紙幅がいくらあっても足りないことくらいはわかっている。
製作のアプローチは十人十色だから
全てをフォローできないこともわかっている。
だからって選択肢を伏せて「こうしなさい。」と言い切るのは…ねぇ。

駅前で通りすがりの人に目的地までの行き方を聞いたら
簡単な道順とともにタクシーに乗ることを薦められたとする。
運転手に目的地を告げたらワンメーターで無事着くことが出来た。
でも道はそんなに複雑じゃなく歩いて15分くらいの場所だった。
初乗り料金を支払うという負担を負うか、
15分くらいだったら歩けるぜ…と歩いていくかの判断は人によって異なる。

タクシーで行ったら工事中で遠回りさせられちゃったよ…
というようなアクシデントに見舞われるリスクだってある。
健脚な人でも、5年前の地図を頼りに行ったら道が変わってて彷徨っちまったぜ…
更新していなければ役に立たない情報だってある。

結局は受け手が与えられる情報を見極めることが出来るかどうか、
という点に帰結するのかもしれない。
ただ、その時に見極めるための材料は用する、若しくは可能性は示唆しといて欲しい訳。

右も左もわからなければ、目的への道とされるものをトレースすれば達成はできる。
"真似から始める"というのは経験を得るためには必要なことでもある。
しかし、その場合、トレースしただけでは真似る対象以上のものにはならない。
経験が浅ければ往々にして劣化コピーくらいにしかならない。

1回は真似て、2回目以降はやり易いように自己流を加えていけば
出来上がったものはコピーかもしれないが、そこには創意が蓄積する。
創意の蓄積が溜まっていけばアレンジの効果が効いてくる。

時間短縮が出来た…
精度を更に高めることが出来た…
仕上げの状態は俺の方が良くね???

効果の発露は様々だろうが、その時、それはもうその人固有のアプローチになってる。
マシーンならぬ人間は工程において思考を加えることが出来る。
辟易とする単純作業の繰り返しを簡略化する知恵も持っている。
失敗することもあるかもしれないが、
加工性の高いプラモデルは大概のことならリカバーすることが出来る。
新しい試みを行えば成否に関わらず経験の引き出しは増えていく。
引き出しが増えれば出来ることが広がってくる訳で
創意工夫の表現も広がっていくし、発想力を高める視野も広がってくる(多分)。
模型趣味の中にお楽しみポイントが増えることにもなる。

修行のようにストイックに向き合わなければならない時もあるかもしれない。
それでも訳がわからず難行苦行に向き合うのと
目的・目標を見据えて敢えて難行苦行に向き合うのでは
その意味合いは大きく異なるはず。

俺がこれだけ苦労してるんだから、お気軽にやってる奴は許せねぇ…
と、難行苦行を必要以上に励行する方もいらっしゃるが
それはもうHow-toとは異なる次元の大きなお世話。

ツール、マテリアル、キットの素性は年々日々刻々と変わっていく中で
基礎情報として知っておいた方が良いことはあるが
与えられる情報に依存しきってしまうというのもどうなんでしょう…ねぇ。

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January 29, 2013

疑問を持つことから始めてみませんか?

模型の国にも定番とか鉄板とよばれる作業、技法なんかがあったりする。
誰がいつ定義したのかは定かではないが
そうした定番・鉄板を信奉し実際に従っている人たちは案外多い。

サフの例を出すまでも無く、
カワグチ的には時折そうしたモノに対し破壊的な毒を撒き散らすことがある。
「自分はやらないけど…」
と、おとなしく言っていれば可愛気があるのかもしれないのだが
そういう気の使い方はしないんだよなぁ…面倒臭がりだから。

しかし、定番、鉄板と呼ばれる作業や技法に対し
盲信するのではなく「なんでそんなことするの?」と立ち止まり
自問するのは悪いことではないでしょう。

サフの時にも記したが、「なんでサーフェイサーを吹くの?」
という疑問を持てば、
パーツ表面の傷やヒケを見つけ整形するため、
塗装する時に成型色の影響を受けず発色良く塗装を仕上げるため
といった目的があることを認識することが出来る。

目的を達成するためには様々な方法がある訳で
達成出来るのであれば自分が一番やり易い道具を使い、方法を採れば良い。

何でスミ入れなんてするの?
何でエッジを立てるの?
何でABSは塗装しちゃいけないの?
何で関節を塗装するとプラが割れるの?
  ・
  ・
  ・

猜疑心を持てと言ってる訳ではないが
"どちて坊や"のように「どちて?」と自問することで
本質に近付くことが出来るとカワグチなどは強く思う。

本質・原因がわかれば対処法は考えられる訳で、
パーツ表面の彫刻を引き立てる、
意図的に陰影を表現するためにスミ入れを行うのであれば
スミ入れペン一択という訳ではなく
塗料を使おうがシャープペンを使おうが色鉛筆を使おうが
やってみれば良いのである。

手段は目的を達成するためのツールであって
手段を行使することが目的化するというのはちょぴっと違くね?

他人に「どちて?」、「どちて?」と聞いて歩くと
ただの鬱陶しいいヤツになって「ググレカス!」と言われてしまうので
そこはあくまでも自問自答するのがよろしい。

サフはくせぇから吹きたくないス…という人は
使わなくても済む方法を探せばよい。

模型誌作例などを見てもABS関節を塗装してない作品はほぼ無い訳で
なんでABSは塗装するとパーツが破損しやすくなるのか
その理由を認識していれば、溶剤の浸透を最低限に抑える方法は色々ある。

もしその場で回答に思い至らなかったとしても
疑問を持つことで意識として残り、何かの折に回答に行き着くこともある。

丸呑みすれば楽でいいのかもしれないが
とりあえず"どちて坊や"になってみないか?

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January 28, 2013

自由に作ることと枷としての考証

「自分の趣味なんだから自分で好きなように作ればいいんだよ…」
的な言葉を時折耳にし、また見かけることがある。

基本的には同意しないこともないのだが
「好きなように作ればいいじゃん」と突き放されると
「どうしたらいいんだよぉ~」と迷宮を彷徨うことになる。

カワグチ的には好きなように作る上での指標を考証に求めることが多い。
と言うと、普段と言ってること違うくね?
と思う方もいらっしゃるだろう。

折々に引き合いに出すRGガンダムで時系列の表現してみました…

という話などは「自由に作ればいいじゃん」の対極にあると言える。

プラモデルを作るにあたって
「○○しなければならない」というのが大嫌い、というのは
今更繰り返すまでもなく折々に口にしている訳だが
ちょぴっと整理しておくと、人によって環境や体質等の条件によって
やりたいけど出来ないことはある。

パチ組みでもガチでも自分の出来る範囲の中で出来ることを…
というのは数回前の日記でも言っている訳だが
好きなように作れば良いという意味合いもそこには確かに含まれる。
ただ、これは作るプロセス。作業に関しての話。

自分が造りたいと思う完成品像を思い描く時に
何かイメージの元になるものがあれば考えるのは容易になるのではないか。
"自由に作ればいいじゃん"に自分の納得度に合わせた一定の制約を設けると
作りたいモノのイメージは具体的になってくるんではなかろうか。

考証と言うと難しそうに思うかもしれないが
ザクはビーム兵器にエネルギー供給できないんだよ、ということで
じゃぁ、外部からエネルギー供給すれば一応持てるかも…とか。

ゲルググは1年戦争末期の機体だから
ブリティッシュ作戦の時にはいねぇよ…というようなことは
ガンダム本編を見れば基礎知識として蓄えられる。

戦史などに興味があれば実際の戦争の記録から
イメージを構築するというのもある。

第二次大戦中ドイツが北アフリカに上陸した時に
パンツァーグラウの塗色の上からサンドカラーを塗ったという史実があるんだから
地球降下作戦でアフリカに降り立ったザクは
現地でグリーンの上からサンドカラー塗ったかもしれない…とか。

南太平洋に展開していた旧軍の海軍航空隊の機体は
サンゴ砂で翼前縁などの塗装が剥がれた機体が多く見られたということだから
歩行するザクはそれほどではないかもしれないけど
ホバー走行するドムなどは砂漠だったら結構塗装剥がれてるかも…とか。

旧海軍艦艇色は軍港によって色調が違ってたとか、
ドイツのハーフトラックなどは同一車種ながら
製造メーカーによって製造工程や仕様が異なる場合があった…
だったらサイド3本国、グラナダ、地球地上軍では
規定色や仕様が若干違っていてもいいかもしれない…とか。

面倒臭く見えるかもしれないが、
そんな小理屈を考えるのも案外面白いんではないかと思う。
カワグチ的にはそんな小理屈を「妄想を膨らませる」と称すことが多いが
特にコンテストなどに応募しようと思い立ったら
自分が作ろうとするものの方向くらいは予め考えた方が
作っている最中も迷走するリスクは減らすことが出来る。

自分の中で制約を設けてその中で妄想を逞しくして作る。
考証的な制約と自由な妄想のバランスをどう折り合いつけるかは
個々人の納得度合いとの兼ね合いでもある。

コンテストなどに応募しようと思ったら自分の中の納得度だけではなく
他人に対する説得力も求められる。

GBWC2012のオープン1位の作品に対し
ガンプラである必要ないじゃん、という声を耳にすることがある。
感じ方はその人毎の価値観なので云々するつもりはないが
評価に関してはそれなりの基準はもちろん設けている。

ゴテ盛り系の作品というのは以前からも見られたが
作品を形成するパーツ個々の精度が高評価のポイントのひとつではあった。

ただ、カワグチ的にはコアにあるのがリゼルだったのも功を奏したと思っている。
これがRX-78ガンダムだったら、とたんに超嘘臭く感じる。

重装フルアーマーガンダムはかなりOパーツ風味だが
デンドロビウムやヘイズル、ディープストライカー等
ガンダム世界ではガンダムの機能拡大系MSデザインというのはある訳で
宇宙世紀世界の中でリゼルなら、まぁ、アリかな…という判断はそこにはあった。

製作者本人がどれくらい意識していたのかはわからないけどね。

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January 24, 2013

"たかが"模型にややこしい話を持ち込むようになった訳

模型製作に関する話にややこしい能書きをつける傾向は
ここ数年で顕著になってきている。

年齢に拠るものか…などと思っていたのだが
偏屈になってきているであろうことは否定しないが
イベントなどで行う製作実演に一因があることに思い至った。

海外ガンプラEXPOなどのイベントでは
デモンストレーション的に模型製作テクニックの断片を披露している訳だが
そこで披露している製作技術をマスターすれば
同時開催のコンテストで入賞出来るかというとそういうものでもない。

その場に集まる人たちが全員が全員模型の国の住人という訳ではなく
通りすがりの模型未経験者も含まれるので
初歩的な技も外す訳にはいかないが、
コンテスト参加者もいたりするのでスゴ技を求める空気もある。
両者の満足をそれなりに満たすためには
見せ方の工夫とフォローが必要になる。

そのあたりに忸怩たるものを常に抱いていたりする訳で
深層では多分かなりの負い目を感じ続けていたはず。

作業の一部を見せる、と言ってもトークショーではないので
実際に実演を行う時には工程あたりそれなりの時間を要する。

基本的に沈黙とか緊張感に耐えられない小心者なので
いつのタイミングか記憶は定かではないが、
作業をしている間に何でそんなことをするのか…とか
他にもこんな方法がある…といった話しをしながら作業するようになり
時間に余裕のある時は
同じ目的を異なるアプローチで表現するなどということをするようになった。
そういうことを繰り返すうちに小理屈が形成されてきたんだろう。

質問を受けて答えられない訳にはいかないし
嘘を教えるなどもっての外な訳で
自分の知識に対しても猜疑的になり、とにかく調べるようになった。

以前BHCでやった塗装講座の時には
終始座学で来られた方には申し訳なかったが
塗料の組成や特性、使用方法を残念な子のような気分で見直してみた。
案の定、思い違いや誤認識がゾロゾロ出てきて正直冷や汗ものだった。

多分そんな綱渡りなんかも"めんどくさいこと言い"を加速させているのだろう。
今ではすっかり鬱陶しいオサーンになってしまった訳だw

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January 23, 2013

それでもボクはサフをふかない ~カワグチ流邪道道~

以前からカワグチは基本的にプラモデルにサフを吹かないと公言している。
(レジンキャスト・キットは除く)

敢えて刺激的な言葉を使えば
なんでもかんでもサフを吹いてから塗装という"お作法"に馴染めないのよ。


「下地にサフ吹いとかないと成型色の影響が出ませんか?」
と、聞かれることがある。

そういう理由をわきまえたご質問には真摯に向き合うのですが、
カワグチ的には本塗装をする前に
同系色の隠ぺい力のあるやや濃い目の色で下地を吹くので
成型色の影響はほとんど受けません。

サフに比べると塗料の厚みは遥かに薄いので彫刻が埋まることもない。
むしろ、グレイ、白サフの上にきれいに塗膜を乗せるのって難しくないですか?


「ヒケとか傷とか埋めないんですか?」

深いヒケや傷の処理にはピンポイントでMr.SSP(旧アルテコ)やビンサフを使います。
下のような浅いヒケはペーパーで処理してしまいます。

20130123a

カワグチ的にはパーツ表面を1000番くらいのペーパーで軽くやするところから
下地処理が始まる訳です。
入り組んだ細かいところはスルーしますが、
基本的にはパーツのほとんどにペーパーをかけます。
これは、ヒケ、傷の確認及び処理はもちろんですが、
抜きテーパー(わからない方はグーグル先生に聞いてください)の処理、
塗料のノリを良くするための表面の荒らしといったサフ同様の目的があります。

20130123b

600番くらいのペーパーでヒケが気にならなくなるまで
表面全体をやすり、その後、番手を上げて平滑面を出すのは普通のヤスリがけと同じ。

ツヤの有無に関わらず仕上げのクリアコート層がそれなりの厚さになるので
塗膜は出来るだけ薄くしておきたいというのがひとつの理由ではあるのです。

成型色の影響を受けなくする…
ヒケや細かい傷を埋める…
塗料のノリを良くする…
といった目的がクリアできれば良い訳で
カワグチ的にはサフを使って塗膜が厚くなるよりは
ペーパーと下地塗装で下準備をした方がいいや…ということでサフを吹かない訳です。

ただ、やりすぎるとエッジが無くなってダルダルになるリスクも勿論ある訳です。
手間は確かにかかる訳で、
だからカワグチはペーパーがけが死ぬほど嫌いなんだと改めて思う訳です。

目的を達成するための手段は必ずしも1対1では無い訳で
切った、貼った、塗った、という基本的な作業にしても
人によって段取りや道具、作業方法は微妙に異なると思う訳です。
だからカワグチは通り一遍のHow-Toが大嫌いな訳です。


ちなみに、表題の"カワグチ流邪道道"は
"カワグチリュウジャドウミチ"と読んで欲しいなぁw

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<補足>

サフェイサーを吹くな、と言ってる訳ではないのだからね。
そんなこと言うと自分も大嫌いになってしまいますので。

勘違いすんなよ。手抜きの薦めじゃないからなw

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January 21, 2013

SNSに寄せられる商品化リクエストにコメントしない訳

Twitterやfacebook等で時折商品化のリクエストを受ける。
その際には「申し訳ないけれどコメントは出来ません」と回答している。
「そういう紋切り型の回答はどうよ?」と、周りから言われることもあるのだが、
伝言ゲーム的に伝わっていく情報はキーワードが独り歩きすることが往々にしてある。

例えば、
「○○を商品化してください」というメッセージに対し
「商品化したいですね。」「検討します。」と回答すると
カワグチは○○の商品化に前向きらしい、○○が企画検討されているらしい。
→○○が商品化されるらしい。
→○○商品化!
という具合に本人が預かり知らぬうちに約束したことになっている場合がある。

ホビーショーなどのイベントも同様で
直接聞いた本人以外の周りで聞いている人たちを介して
キーワードが独り歩きを始めることがある。
特にそのような場合の伝聞は言ったことの履歴が残らないだけに
予想外の変化を見せることがある。

「□□の商品化の予定は今のところありません。」と言ったことが
「□□の商品化」という言葉だけが印象に残り、そこに聞き手の願望が加わり
商品化が予定されているらしい…という真逆の話になってしまうことすらある。

それで嘘つき認定されるのも困ってしまうし
振り回されてしまうお客様にも不利益しか残らない。

そんな経験も過去あったりするので、
SNSで聞かれたことへの回答は
申し訳ないが、絶対に誤変換が生じないぶっきらぼうなものになってしまうのである。

ということで、告知としての発信を除き、先々の商品化の予定等に関しては
その時点で公表されている以上の情報はカワグチからは出てこない、
ということでご了承くださいませ。

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