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August 07, 2013

学習と学問の違い

ホビー事業部では毎朝5分ほどの朝礼の際に
日替わり当番が1分ほどの話をするという風習がある。
最近見たこと聞いたこと、感じたこと、ネタ等々…
内容・テーマは特に決められている訳ではないのだが、
今日はセールス担当の若い衆が問屋様の担当の方との
世間話的な話の中で交わされた話をもってきた。

彼曰く、その問屋担当様は以前出版社に勤めておられ
哲学書などの担当をされていたとのことだが、
「学習と学問の違い、わかりますか?」
というのがその時の会話の主旨だったらしい。

既成の知識や事象などを学び習得するのが「学習」で
未知の領域の探求を学びとすることを「学問」とする…的なことは
教育問題などが語られる際によく引き合いに出される言葉ではある。

念のためにグーグル先生に確認してみたら
「学習」から「学問」へ。日本教育変革の時代
という日本の教育に関するトピックで我が意を得たりなページに出合った。

些か我田引水的ではあるが、この論旨を模型の国に持ってくる。

やはり模型の国にも勤勉で優秀な"学習者"は多くいらっしゃる。
でも俺的にはヤンチャな"学問"探求者でありたいと思うなぁ。

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Comments

川口克己名人、久しぶりですが、
サンラヂは聞かせて頂いています。


此方的には、机上の勉強よりも、
常識的な事を学んだ方が、
望ましいと感じます。

机上の勉強を優先してしまうと、
非常識な行動をする輩ができあがりますから。

最近、増えていると感じます。


追伸:今回のサンプラ大会の参加は欠席させて頂きます。
先月までの3か月残業で、なかなか制作に入られなかったためです。


追伸の追伸:サンラヂのわっQん、最近はブログサボっているらしいです・・・。 更新がなかなかないので。

Posted by: 菊池 勝 | August 08, 2013 07:27 PM

教育論的にはそういうことでしょうね。
ただ、そういうことって本来の学問。学習以前の問題としていわゆる躾の範疇ではないかと思います。

サンプラは…多分今後も継続されるでしょうからタイミングが合う時に参加されると良いと思います。

私自身ブログの更新という点では人に何か言えるような頻度ではありませんし
サンラヂには月に一度くらいのペースで不定期に行くくらいですので
むしろリスナーさんから番組の方へダイレクトに仰られた方が効果的なのではないかと思います。

Posted by: 川口 克己 | August 08, 2013 07:46 PM

学習があって学問があると思います。
知識がないと自分が進んでいる道が未知の領域か既存の道なのか分からないと思います。

でも学習がある人は世間に認められやすいけど
学問は一歩間違えると叩かれますから大変ですよね。

自分が進めたい気持ちが世間に受けられればどんなに良いのか羨ましく思います。

はっきり言って川口さんはネームバリューがあり周りにファンがあって応援している方・支えている方が多いから
決して間違っていないので、模型の開拓者・先駆者としてそのまま突っ走って下さい。


Posted by: KGB | August 10, 2013 06:44 PM

学習があって学問がある
というのは前提であって、教育で言われる
高校までは学びは"学習"であり大学での学びは"学問"
というのは基礎的な既存の知識を踏まえ自ら思考するということで
基本的な知識の無い学問は基本的には無いのではないでしょうか。
自分はフロンティアスピリッツも先駆的な意識もはっきり言うとありません。
こうすると面白いんじゃないか、
この方が楽かもしれない、
こういうことをしてみたい、
といったことをやっているに過ぎませんし
結果的に上手くいけば自分自身の満足が得られるし
上手くいかなければ上手くいく方法を改めて考える。
既存の方法論を倣い習熟するだけだと
自分的には多分面白味を感じないだろうなぁ
ということです。

Posted by: 川口 克己 | August 10, 2013 11:30 PM

今回のエントリー、興味深く拝読致しました。
僕なんかからみると川口さんは、フロンティアスピリットも先駆的な意識も持ち合わせた求道者?だと思えるので、御自身がそれを否定されたのは意外でした。
昔観た映画のセリフに、
「自分というのは3つある。自分が認定する自分。他人が認定する自分。そして、本当の自分」というのがありました。
未知なるフロンティアに挑み続ける「川口名人」というのは、この台詞でいうとどの「自分」なのでしょうね。
何れにせよ、こうゆう話は言葉の定義が難しいですね。

Posted by: ねんたん | August 12, 2013 01:24 PM

模型を作るという点に関して言えば
誰かのために作る、とか
業界のために作る、というような
理想であるとか矜持のような意識はやはり無いのです。

こういう仕上げにしたいから工夫してみる、作ってみる
というのは自分が納得できるものが出来るかどうかの
いわば自己満足を満たすためのアクションに他ありません。

幸いにしてそうしたアクションを発信できる環境があり
興味を持っていただける方が多くいてくださっている、
というのが発信力となっていることはもちろん否定しません。

ただ、意識として自分的には模型に対する高邁な理想とか矜持というものとは無縁ということです。
例示されてました3人の自分、更にエヴァ的に言えば他人が認定する自分も
人によって見え方・認識は変わる訳ですから人の数だけカワグチ像があると言っても良いかもしれません。
仕事の上で「名人」を演じることももちろんありますが
もし、私が未知のものに挑み続けているように見えるとするなら
それは他人が認識・認定するカワグチなのでしょう。

Posted by: 川口 克己 | August 13, 2013 09:32 PM

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