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February 22, 2013

方便としての"リアル"という言葉

模型の国の住人が目指す方向性の大きな流れに"リアル"という志向がある。
よりホンモノに近づけるというのが模型的志向のひとつだとするなら
近づけば近づくほど"リアル"ということになる。

ホンモノの無いガンプラの場合は
もし本当にモビルスーツなどという戦闘兵器があったとしたら…
という仮定に立ち、その場合どういうものになるだろうと想像をめぐらせ
表現していくことが多くの場合"リアル"とされる。

お台場の18mさんを見上げながら、これが走り回り、飛び回り、転げ回り、
敵と撃ち合い、殴り合い、蹴り合うことを想像すると
"リアル"ってなんじゃい? と正直なところ思わなくも無い。

それを言い出すと全否定になるので、
そこには触れず模型として"リアル"を志向する、というのが
自分も含めた多くのガンプラモデラーではなかろうか。

関節部に油圧シリンダー風のディティールを入れるとか、
航空機のブレードアンテナのような意匠を入れてみるといった、
既知のディティールを入れることで機能を想像させるといった工作的アプローチや
塗装の剥がれや汚しを加えることで使用感を表現するといった塗装的アプローチなど
現在様々に見られる"リアル"に見せるためのアプローチは
"リアル"という記号を盛り込んでいく作業であると思っている。

極論すればホンモノっぽく見せるための方便が"リアル"という言葉であり
ホンモノっぽさというのも人によって感じ方が異なるので
これこそが"リアル"という絶対的な定義は実はどこにもない。

カワグチなどはスケールモデルを作りながらガンプラも作るという経歴を経ているので
その考え方、手法を使って"リアル"と思われる自分の中の回答を作ってきたつもりだが
大河原さんの設定線画に近付けることを、或いは、
「めぐりあい宇宙」の安彦さん作画のガンダムに近付けることを"リアル"とする考え方もある。

あんこうチームのIV号戦車の砲塔に劇中には無い控えめに描いた藤の花を入れるとか…
絶対負けられない生徒会の38(t)に勝手に履帯脱落防止板を付けてしまう…
というような暴挙もアニメの作品に登場する乗員やドラマを踏まえて想像を逞しくすれば
考えようによっては"リアル"の表現方法のひとつと言えなくもない。

個々人が求める目標を表現するためのアプローチは
すべからく"リアル志向"と言えるのかもしれない。
それを"リアル"の定義とするのはあまりにも乱暴だと思うので分けて考えるべきだとは思うが、
"リアル"の定義が曖昧であることには変わりは無い。

このあたりの"リアル"に対する意識の持ち様も
先日の"自由"、"自分に課すルール"の話とかぶってくる…と言うか
自分に課すルールのひとつでもあると思う訳で
そこがブレなければ作ってる最中に迷走したり暴走することも無いとは思うんだねぇ。

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Comments

ガンダムにおける「リアル」は、リアルでもなんでもないスーパーロボットをそれらしく見せるためにどうウソをつくか、という事に尽きる気がします。

従来ならその手法が「兵器」しかなかったわけですが、昨今はカーモデルのような光沢やメタリックカラーによる作例などもよく見かけ模型の楽しみ方にもそれぞれ幅が出てきたのは面白いなあと。普段目の当たりにするリアルメカは兵器よりただの自家用車だったりするなあと(笑。

Posted by: TO | February 22, 2013 06:57 PM

■ TO様
アニメに関してはそうなるでしょうね。
近年のロボに関しても兵器としての位置付けにはあっても必ずしも兵器的な描かれ方のされないものも多々ありますし。

Posted by: 川口 克己 | February 22, 2013 07:04 PM

初コメントです。制作のジャンルは全てです。

僕は『かっこよさ』だけを追求します。ガンダムを作るにしても原作を知らないので、自分の悪趣味を模型にぶつけます(笑)ピカピカのブルーシャアザクなんて邪道なのでしょう。しかし作るなら自分だけのカラーリング、ディテールというのがあります。

何を言いたいのか分からなくなってしまいましたが、このブログが続く限り読ませていただきますm(__)m

Posted by: もとじいΘ | February 23, 2013 01:57 AM

昔、模型店のマイスター(的な人・今は潰れました)にMGの陸戦型ジムを厳しい指導の元に作ってましたが、「面出し」を義務づけられてまして装甲面を平面きっちり出して構成するよう言われヤスリほう台をパーツにあてがい必死に削って面出ししてました
その人の持論曰く「モコモコしたラインはフィギュアみたいだが平面構成されてると工業的な部分が強調され兵器ぽくなる」確かにカッコ良くはなりましたが後々最初の300円ガンダムの設計した人の話で「防弾性考えて装甲ラインに曲面を取り入れた」と話したり、また雑誌でサンゴーのパンターをエアガンで射ったら弾を弾き返したが日本戦車は見事にバラバラになったとか。

Posted by: (´・ω・`) | February 23, 2013 08:50 AM

メカ物も題材に自分が「かっこよくなあれっ」または「ダサカッコよくなあれっ」とかいう何か思いを込めた方が楽しいですね。
ミリタリー物が好きな人は軍用機の雰囲気を入れたり、歩兵の雰囲気をいれたり。
スーパーロボットの劇中のカッコよさ、イラストや設定画、メカデザイナーさんの話から妄想するカッコよさ、自分が思うカッコよさとか。
ほんと色々なので、理系的な説得力を持たせたかったり、メカの好きな雰囲気を強調したり、その辺での個性が楽しいですね。
自分の趣味でなくても、「リアル」という表現だけでも色々で、「この表現は好き(惚れた)」とか自分ならこうしたいとか、他人の完成品の現物を見るのが面白いのも模型の魅力だと思います。
なので自分でも先ずは簡単でも良いので作ってみると、もっと面白いです。

Posted by: にあ | February 23, 2013 12:13 PM

私は5年くらいまえまで建物の施工管理を生業としてまして、
泥と油にまみれた建築重機を間近にみていました。
なので、作るもの作るものみんな
汚れ色褪せたものになってまいます。
デザインも、無骨な重機を意識したものに造りかえるのが常ですが、最後の最後にいつもじゃましてくるのが

『浪漫』です。

形ができあがってきて、イメージだけだったものが
目に見えてはっきりしてくると、
『浪漫』が口出ししはじめて、
途端に『重機』が『スーパーロボット』になり

ヤッチマッタ;;
……と毎回後悔します。

たのしいからいいですけどね;

Posted by: アゴ | February 23, 2013 10:14 PM

■もとじいΘ様
"かっこよさ"というのも価値基準のひとつですから、
それが楽しいと感じられるのであればそれを否定される理由は無い訳です。
他の方の価値観とは相容れないところもあるでしょうから
ある意味ストイックな志向かもしれませんが。

■(´・ω・`)様
求道的なお作法を強制されるのがまず嫌いなので
もし僕が子供の頃に通ってた模型店がそういう店だったら
模型趣味には走ってなかっただろうなぁ…。

■にあ様
仕事の作りモノであれ、趣味範囲のものであれ
なんらかの目的を見出して作ってるというのが実際なので
感情移入なり思い入れ無しで模型を作る感覚というのは
正直なところよくわかりません。
最初に思い描いていた気分がある程度満たされると手が止まるという弊害もありますが…

■アゴ様
模型を作る時に身近に在るモノ、好きなモノにイメージを仮託するというのは往々にしてあるもので
それが一番良くわかる自分なりのアプローチだからという面はあるでしょう。
そこに加わる"浪漫"という要素も原体験の中に根差しているものなのかもしれませんね。

Posted by: 川口 克己 | March 03, 2013 01:44 AM

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