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January 28, 2013

自由に作ることと枷としての考証

「自分の趣味なんだから自分で好きなように作ればいいんだよ…」
的な言葉を時折耳にし、また見かけることがある。

基本的には同意しないこともないのだが
「好きなように作ればいいじゃん」と突き放されると
「どうしたらいいんだよぉ~」と迷宮を彷徨うことになる。

カワグチ的には好きなように作る上での指標を考証に求めることが多い。
と言うと、普段と言ってること違うくね?
と思う方もいらっしゃるだろう。

折々に引き合いに出すRGガンダムで時系列の表現してみました…

という話などは「自由に作ればいいじゃん」の対極にあると言える。

プラモデルを作るにあたって
「○○しなければならない」というのが大嫌い、というのは
今更繰り返すまでもなく折々に口にしている訳だが
ちょぴっと整理しておくと、人によって環境や体質等の条件によって
やりたいけど出来ないことはある。

パチ組みでもガチでも自分の出来る範囲の中で出来ることを…
というのは数回前の日記でも言っている訳だが
好きなように作れば良いという意味合いもそこには確かに含まれる。
ただ、これは作るプロセス。作業に関しての話。

自分が造りたいと思う完成品像を思い描く時に
何かイメージの元になるものがあれば考えるのは容易になるのではないか。
"自由に作ればいいじゃん"に自分の納得度に合わせた一定の制約を設けると
作りたいモノのイメージは具体的になってくるんではなかろうか。

考証と言うと難しそうに思うかもしれないが
ザクはビーム兵器にエネルギー供給できないんだよ、ということで
じゃぁ、外部からエネルギー供給すれば一応持てるかも…とか。

ゲルググは1年戦争末期の機体だから
ブリティッシュ作戦の時にはいねぇよ…というようなことは
ガンダム本編を見れば基礎知識として蓄えられる。

戦史などに興味があれば実際の戦争の記録から
イメージを構築するというのもある。

第二次大戦中ドイツが北アフリカに上陸した時に
パンツァーグラウの塗色の上からサンドカラーを塗ったという史実があるんだから
地球降下作戦でアフリカに降り立ったザクは
現地でグリーンの上からサンドカラー塗ったかもしれない…とか。

南太平洋に展開していた旧軍の海軍航空隊の機体は
サンゴ砂で翼前縁などの塗装が剥がれた機体が多く見られたということだから
歩行するザクはそれほどではないかもしれないけど
ホバー走行するドムなどは砂漠だったら結構塗装剥がれてるかも…とか。

旧海軍艦艇色は軍港によって色調が違ってたとか、
ドイツのハーフトラックなどは同一車種ながら
製造メーカーによって製造工程や仕様が異なる場合があった…
だったらサイド3本国、グラナダ、地球地上軍では
規定色や仕様が若干違っていてもいいかもしれない…とか。

面倒臭く見えるかもしれないが、
そんな小理屈を考えるのも案外面白いんではないかと思う。
カワグチ的にはそんな小理屈を「妄想を膨らませる」と称すことが多いが
特にコンテストなどに応募しようと思い立ったら
自分が作ろうとするものの方向くらいは予め考えた方が
作っている最中も迷走するリスクは減らすことが出来る。

自分の中で制約を設けてその中で妄想を逞しくして作る。
考証的な制約と自由な妄想のバランスをどう折り合いつけるかは
個々人の納得度合いとの兼ね合いでもある。

コンテストなどに応募しようと思ったら自分の中の納得度だけではなく
他人に対する説得力も求められる。

GBWC2012のオープン1位の作品に対し
ガンプラである必要ないじゃん、という声を耳にすることがある。
感じ方はその人毎の価値観なので云々するつもりはないが
評価に関してはそれなりの基準はもちろん設けている。

ゴテ盛り系の作品というのは以前からも見られたが
作品を形成するパーツ個々の精度が高評価のポイントのひとつではあった。

ただ、カワグチ的にはコアにあるのがリゼルだったのも功を奏したと思っている。
これがRX-78ガンダムだったら、とたんに超嘘臭く感じる。

重装フルアーマーガンダムはかなりOパーツ風味だが
デンドロビウムやヘイズル、ディープストライカー等
ガンダム世界ではガンダムの機能拡大系MSデザインというのはある訳で
宇宙世紀世界の中でリゼルなら、まぁ、アリかな…という判断はそこにはあった。

製作者本人がどれくらい意識していたのかはわからないけどね。

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Comments

私も妄想が楽しいです。
他の人の作品から妄想できちゃうのも楽しいです。
作った人から表現した妄想の話を聞くと何か頭の中に嬉しい汁が出てくる感じがします。
妄想する時、あんまり深く考えていなかった事が、ネットや雑誌などでちょこっと調べると入り口になって、好奇心を刺激して膨らんだり。
実際にどこまで作るか塗るかはありますが、妄想は本当にいいものだと思います。
被害妄想とかネガティブなものは嫌ですが。

Posted by: にあ | January 29, 2013 12:43 PM

妄想を膨らませるためには触媒が必要になります。
基礎知識なりを豊富に持っていれば妄想はいくらでも広げることが出来る野ではないかと思う次第です。そしてその妄想が更に好奇心を高めいろんなものを積極的に取り込んでいけるのだと思う訳です。

Posted by: 川口 克己 | January 29, 2013 06:37 PM

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