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January 30, 2013

"How-to"嫌いだけど、全否定はしないよ

趣味世界の模型なんだから好きに作ればいいじゃん…
というのは無責任な言葉だとも思う。

趣味としてある程度志向が定まっている人ならいざ知らず
初めましての人にとっては、何をどうしていいのか、
キットの他に何を買ってくればいいのか、
その辺から模索しなければならなくなる訳で
その際に道を示してくれるガイドはやはり必要になる。

初めて訪れた土地で目的地の名称だけ知らされ駅前に放り出されたら
歩きで行けるのか、バス使うのか、タクシーで行かなきゃいけないのか
最初の段階で絶望感に見舞われることになる。

駅員さんに聞く、交番で聞く、駅前の地図を見る…
何らかの形で手掛かりを得て、初めて目的地へ行けそうな気がしてくる。
その町に住んでいる人なら誰でもが知っている場所でも
初めて訪れた人には基礎情報そのものが無い。

パーツの切り出しはニッパーがいいよ…
カッターとヤスリは用意しよう…
といった基礎情報も、初めましての人にとっては得た方がよい情報であり
その点でHow-to的なものは確かに必要ではある。

ただ、だからこそ
技法を羅列しただけの通り一遍のHow-toは迷惑だとすら感じる。

模型誌さんでツール特集やHow-to特集に人気があるのは知っている。
目的があって、手法の選択肢があって、方法論が提示される、
シンプルに作ることだけを記すとしても
個々にそんなことやってりゃ
紙幅がいくらあっても足りないことくらいはわかっている。
製作のアプローチは十人十色だから
全てをフォローできないこともわかっている。
だからって選択肢を伏せて「こうしなさい。」と言い切るのは…ねぇ。

駅前で通りすがりの人に目的地までの行き方を聞いたら
簡単な道順とともにタクシーに乗ることを薦められたとする。
運転手に目的地を告げたらワンメーターで無事着くことが出来た。
でも道はそんなに複雑じゃなく歩いて15分くらいの場所だった。
初乗り料金を支払うという負担を負うか、
15分くらいだったら歩けるぜ…と歩いていくかの判断は人によって異なる。

タクシーで行ったら工事中で遠回りさせられちゃったよ…
というようなアクシデントに見舞われるリスクだってある。
健脚な人でも、5年前の地図を頼りに行ったら道が変わってて彷徨っちまったぜ…
更新していなければ役に立たない情報だってある。

結局は受け手が与えられる情報を見極めることが出来るかどうか、
という点に帰結するのかもしれない。
ただ、その時に見極めるための材料は用する、若しくは可能性は示唆しといて欲しい訳。

右も左もわからなければ、目的への道とされるものをトレースすれば達成はできる。
"真似から始める"というのは経験を得るためには必要なことでもある。
しかし、その場合、トレースしただけでは真似る対象以上のものにはならない。
経験が浅ければ往々にして劣化コピーくらいにしかならない。

1回は真似て、2回目以降はやり易いように自己流を加えていけば
出来上がったものはコピーかもしれないが、そこには創意が蓄積する。
創意の蓄積が溜まっていけばアレンジの効果が効いてくる。

時間短縮が出来た…
精度を更に高めることが出来た…
仕上げの状態は俺の方が良くね???

効果の発露は様々だろうが、その時、それはもうその人固有のアプローチになってる。
マシーンならぬ人間は工程において思考を加えることが出来る。
辟易とする単純作業の繰り返しを簡略化する知恵も持っている。
失敗することもあるかもしれないが、
加工性の高いプラモデルは大概のことならリカバーすることが出来る。
新しい試みを行えば成否に関わらず経験の引き出しは増えていく。
引き出しが増えれば出来ることが広がってくる訳で
創意工夫の表現も広がっていくし、発想力を高める視野も広がってくる(多分)。
模型趣味の中にお楽しみポイントが増えることにもなる。

修行のようにストイックに向き合わなければならない時もあるかもしれない。
それでも訳がわからず難行苦行に向き合うのと
目的・目標を見据えて敢えて難行苦行に向き合うのでは
その意味合いは大きく異なるはず。

俺がこれだけ苦労してるんだから、お気軽にやってる奴は許せねぇ…
と、難行苦行を必要以上に励行する方もいらっしゃるが
それはもうHow-toとは異なる次元の大きなお世話。

ツール、マテリアル、キットの素性は年々日々刻々と変わっていく中で
基礎情報として知っておいた方が良いことはあるが
与えられる情報に依存しきってしまうというのもどうなんでしょう…ねぇ。

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January 29, 2013

疑問を持つことから始めてみませんか?

模型の国にも定番とか鉄板とよばれる作業、技法なんかがあったりする。
誰がいつ定義したのかは定かではないが
そうした定番・鉄板を信奉し実際に従っている人たちは案外多い。

サフの例を出すまでも無く、
カワグチ的には時折そうしたモノに対し破壊的な毒を撒き散らすことがある。
「自分はやらないけど…」
と、おとなしく言っていれば可愛気があるのかもしれないのだが
そういう気の使い方はしないんだよなぁ…面倒臭がりだから。

しかし、定番、鉄板と呼ばれる作業や技法に対し
盲信するのではなく「なんでそんなことするの?」と立ち止まり
自問するのは悪いことではないでしょう。

サフの時にも記したが、「なんでサーフェイサーを吹くの?」
という疑問を持てば、
パーツ表面の傷やヒケを見つけ整形するため、
塗装する時に成型色の影響を受けず発色良く塗装を仕上げるため
といった目的があることを認識することが出来る。

目的を達成するためには様々な方法がある訳で
達成出来るのであれば自分が一番やり易い道具を使い、方法を採れば良い。

何でスミ入れなんてするの?
何でエッジを立てるの?
何でABSは塗装しちゃいけないの?
何で関節を塗装するとプラが割れるの?
  ・
  ・
  ・

猜疑心を持てと言ってる訳ではないが
"どちて坊や"のように「どちて?」と自問することで
本質に近付くことが出来るとカワグチなどは強く思う。

本質・原因がわかれば対処法は考えられる訳で、
パーツ表面の彫刻を引き立てる、
意図的に陰影を表現するためにスミ入れを行うのであれば
スミ入れペン一択という訳ではなく
塗料を使おうがシャープペンを使おうが色鉛筆を使おうが
やってみれば良いのである。

手段は目的を達成するためのツールであって
手段を行使することが目的化するというのはちょぴっと違くね?

他人に「どちて?」、「どちて?」と聞いて歩くと
ただの鬱陶しいいヤツになって「ググレカス!」と言われてしまうので
そこはあくまでも自問自答するのがよろしい。

サフはくせぇから吹きたくないス…という人は
使わなくても済む方法を探せばよい。

模型誌作例などを見てもABS関節を塗装してない作品はほぼ無い訳で
なんでABSは塗装するとパーツが破損しやすくなるのか
その理由を認識していれば、溶剤の浸透を最低限に抑える方法は色々ある。

もしその場で回答に思い至らなかったとしても
疑問を持つことで意識として残り、何かの折に回答に行き着くこともある。

丸呑みすれば楽でいいのかもしれないが
とりあえず"どちて坊や"になってみないか?

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January 28, 2013

自由に作ることと枷としての考証

「自分の趣味なんだから自分で好きなように作ればいいんだよ…」
的な言葉を時折耳にし、また見かけることがある。

基本的には同意しないこともないのだが
「好きなように作ればいいじゃん」と突き放されると
「どうしたらいいんだよぉ~」と迷宮を彷徨うことになる。

カワグチ的には好きなように作る上での指標を考証に求めることが多い。
と言うと、普段と言ってること違うくね?
と思う方もいらっしゃるだろう。

折々に引き合いに出すRGガンダムで時系列の表現してみました…

という話などは「自由に作ればいいじゃん」の対極にあると言える。

プラモデルを作るにあたって
「○○しなければならない」というのが大嫌い、というのは
今更繰り返すまでもなく折々に口にしている訳だが
ちょぴっと整理しておくと、人によって環境や体質等の条件によって
やりたいけど出来ないことはある。

パチ組みでもガチでも自分の出来る範囲の中で出来ることを…
というのは数回前の日記でも言っている訳だが
好きなように作れば良いという意味合いもそこには確かに含まれる。
ただ、これは作るプロセス。作業に関しての話。

自分が造りたいと思う完成品像を思い描く時に
何かイメージの元になるものがあれば考えるのは容易になるのではないか。
"自由に作ればいいじゃん"に自分の納得度に合わせた一定の制約を設けると
作りたいモノのイメージは具体的になってくるんではなかろうか。

考証と言うと難しそうに思うかもしれないが
ザクはビーム兵器にエネルギー供給できないんだよ、ということで
じゃぁ、外部からエネルギー供給すれば一応持てるかも…とか。

ゲルググは1年戦争末期の機体だから
ブリティッシュ作戦の時にはいねぇよ…というようなことは
ガンダム本編を見れば基礎知識として蓄えられる。

戦史などに興味があれば実際の戦争の記録から
イメージを構築するというのもある。

第二次大戦中ドイツが北アフリカに上陸した時に
パンツァーグラウの塗色の上からサンドカラーを塗ったという史実があるんだから
地球降下作戦でアフリカに降り立ったザクは
現地でグリーンの上からサンドカラー塗ったかもしれない…とか。

南太平洋に展開していた旧軍の海軍航空隊の機体は
サンゴ砂で翼前縁などの塗装が剥がれた機体が多く見られたということだから
歩行するザクはそれほどではないかもしれないけど
ホバー走行するドムなどは砂漠だったら結構塗装剥がれてるかも…とか。

旧海軍艦艇色は軍港によって色調が違ってたとか、
ドイツのハーフトラックなどは同一車種ながら
製造メーカーによって製造工程や仕様が異なる場合があった…
だったらサイド3本国、グラナダ、地球地上軍では
規定色や仕様が若干違っていてもいいかもしれない…とか。

面倒臭く見えるかもしれないが、
そんな小理屈を考えるのも案外面白いんではないかと思う。
カワグチ的にはそんな小理屈を「妄想を膨らませる」と称すことが多いが
特にコンテストなどに応募しようと思い立ったら
自分が作ろうとするものの方向くらいは予め考えた方が
作っている最中も迷走するリスクは減らすことが出来る。

自分の中で制約を設けてその中で妄想を逞しくして作る。
考証的な制約と自由な妄想のバランスをどう折り合いつけるかは
個々人の納得度合いとの兼ね合いでもある。

コンテストなどに応募しようと思ったら自分の中の納得度だけではなく
他人に対する説得力も求められる。

GBWC2012のオープン1位の作品に対し
ガンプラである必要ないじゃん、という声を耳にすることがある。
感じ方はその人毎の価値観なので云々するつもりはないが
評価に関してはそれなりの基準はもちろん設けている。

ゴテ盛り系の作品というのは以前からも見られたが
作品を形成するパーツ個々の精度が高評価のポイントのひとつではあった。

ただ、カワグチ的にはコアにあるのがリゼルだったのも功を奏したと思っている。
これがRX-78ガンダムだったら、とたんに超嘘臭く感じる。

重装フルアーマーガンダムはかなりOパーツ風味だが
デンドロビウムやヘイズル、ディープストライカー等
ガンダム世界ではガンダムの機能拡大系MSデザインというのはある訳で
宇宙世紀世界の中でリゼルなら、まぁ、アリかな…という判断はそこにはあった。

製作者本人がどれくらい意識していたのかはわからないけどね。

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January 24, 2013

"たかが"模型にややこしい話を持ち込むようになった訳

模型製作に関する話にややこしい能書きをつける傾向は
ここ数年で顕著になってきている。

年齢に拠るものか…などと思っていたのだが
偏屈になってきているであろうことは否定しないが
イベントなどで行う製作実演に一因があることに思い至った。

海外ガンプラEXPOなどのイベントでは
デモンストレーション的に模型製作テクニックの断片を披露している訳だが
そこで披露している製作技術をマスターすれば
同時開催のコンテストで入賞出来るかというとそういうものでもない。

その場に集まる人たちが全員が全員模型の国の住人という訳ではなく
通りすがりの模型未経験者も含まれるので
初歩的な技も外す訳にはいかないが、
コンテスト参加者もいたりするのでスゴ技を求める空気もある。
両者の満足をそれなりに満たすためには
見せ方の工夫とフォローが必要になる。

そのあたりに忸怩たるものを常に抱いていたりする訳で
深層では多分かなりの負い目を感じ続けていたはず。

作業の一部を見せる、と言ってもトークショーではないので
実際に実演を行う時には工程あたりそれなりの時間を要する。

基本的に沈黙とか緊張感に耐えられない小心者なので
いつのタイミングか記憶は定かではないが、
作業をしている間に何でそんなことをするのか…とか
他にもこんな方法がある…といった話しをしながら作業するようになり
時間に余裕のある時は
同じ目的を異なるアプローチで表現するなどということをするようになった。
そういうことを繰り返すうちに小理屈が形成されてきたんだろう。

質問を受けて答えられない訳にはいかないし
嘘を教えるなどもっての外な訳で
自分の知識に対しても猜疑的になり、とにかく調べるようになった。

以前BHCでやった塗装講座の時には
終始座学で来られた方には申し訳なかったが
塗料の組成や特性、使用方法を残念な子のような気分で見直してみた。
案の定、思い違いや誤認識がゾロゾロ出てきて正直冷や汗ものだった。

多分そんな綱渡りなんかも"めんどくさいこと言い"を加速させているのだろう。
今ではすっかり鬱陶しいオサーンになってしまった訳だw

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January 23, 2013

それでもボクはサフをふかない ~カワグチ流邪道道~

以前からカワグチは基本的にプラモデルにサフを吹かないと公言している。
(レジンキャスト・キットは除く)

敢えて刺激的な言葉を使えば
なんでもかんでもサフを吹いてから塗装という"お作法"に馴染めないのよ。


「下地にサフ吹いとかないと成型色の影響が出ませんか?」
と、聞かれることがある。

そういう理由をわきまえたご質問には真摯に向き合うのですが、
カワグチ的には本塗装をする前に
同系色の隠ぺい力のあるやや濃い目の色で下地を吹くので
成型色の影響はほとんど受けません。

サフに比べると塗料の厚みは遥かに薄いので彫刻が埋まることもない。
むしろ、グレイ、白サフの上にきれいに塗膜を乗せるのって難しくないですか?


「ヒケとか傷とか埋めないんですか?」

深いヒケや傷の処理にはピンポイントでMr.SSP(旧アルテコ)やビンサフを使います。
下のような浅いヒケはペーパーで処理してしまいます。

20130123a

カワグチ的にはパーツ表面を1000番くらいのペーパーで軽くやするところから
下地処理が始まる訳です。
入り組んだ細かいところはスルーしますが、
基本的にはパーツのほとんどにペーパーをかけます。
これは、ヒケ、傷の確認及び処理はもちろんですが、
抜きテーパー(わからない方はグーグル先生に聞いてください)の処理、
塗料のノリを良くするための表面の荒らしといったサフ同様の目的があります。

20130123b

600番くらいのペーパーでヒケが気にならなくなるまで
表面全体をやすり、その後、番手を上げて平滑面を出すのは普通のヤスリがけと同じ。

ツヤの有無に関わらず仕上げのクリアコート層がそれなりの厚さになるので
塗膜は出来るだけ薄くしておきたいというのがひとつの理由ではあるのです。

成型色の影響を受けなくする…
ヒケや細かい傷を埋める…
塗料のノリを良くする…
といった目的がクリアできれば良い訳で
カワグチ的にはサフを使って塗膜が厚くなるよりは
ペーパーと下地塗装で下準備をした方がいいや…ということでサフを吹かない訳です。

ただ、やりすぎるとエッジが無くなってダルダルになるリスクも勿論ある訳です。
手間は確かにかかる訳で、
だからカワグチはペーパーがけが死ぬほど嫌いなんだと改めて思う訳です。

目的を達成するための手段は必ずしも1対1では無い訳で
切った、貼った、塗った、という基本的な作業にしても
人によって段取りや道具、作業方法は微妙に異なると思う訳です。
だからカワグチは通り一遍のHow-Toが大嫌いな訳です。


ちなみに、表題の"カワグチ流邪道道"は
"カワグチリュウジャドウミチ"と読んで欲しいなぁw

--------------------------------------------------------------

<補足>

サフェイサーを吹くな、と言ってる訳ではないのだからね。
そんなこと言うと自分も大嫌いになってしまいますので。

勘違いすんなよ。手抜きの薦めじゃないからなw

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January 21, 2013

SNSに寄せられる商品化リクエストにコメントしない訳

Twitterやfacebook等で時折商品化のリクエストを受ける。
その際には「申し訳ないけれどコメントは出来ません」と回答している。
「そういう紋切り型の回答はどうよ?」と、周りから言われることもあるのだが、
伝言ゲーム的に伝わっていく情報はキーワードが独り歩きすることが往々にしてある。

例えば、
「○○を商品化してください」というメッセージに対し
「商品化したいですね。」「検討します。」と回答すると
カワグチは○○の商品化に前向きらしい、○○が企画検討されているらしい。
→○○が商品化されるらしい。
→○○商品化!
という具合に本人が預かり知らぬうちに約束したことになっている場合がある。

ホビーショーなどのイベントも同様で
直接聞いた本人以外の周りで聞いている人たちを介して
キーワードが独り歩きを始めることがある。
特にそのような場合の伝聞は言ったことの履歴が残らないだけに
予想外の変化を見せることがある。

「□□の商品化の予定は今のところありません。」と言ったことが
「□□の商品化」という言葉だけが印象に残り、そこに聞き手の願望が加わり
商品化が予定されているらしい…という真逆の話になってしまうことすらある。

それで嘘つき認定されるのも困ってしまうし
振り回されてしまうお客様にも不利益しか残らない。

そんな経験も過去あったりするので、
SNSで聞かれたことへの回答は
申し訳ないが、絶対に誤変換が生じないぶっきらぼうなものになってしまうのである。

ということで、告知としての発信を除き、先々の商品化の予定等に関しては
その時点で公表されている以上の情報はカワグチからは出てこない、
ということでご了承くださいませ。

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January 18, 2013

伝えること、伝える方法

本ブログはTwitter、facebook、mixiを同期させている訳ですが
前回の日記に対するWeb友さんたちの反応を踏まえ
改めて読み返してみると
まぁ、あの書き方(言い方)れじゃ本意は伝わらないかなぁ…
と、一人反省会に入っていたりする訳です。

そんなことを思いながら加筆してみると

模型趣味は特別な人間の嗜みではなく、誰もが跨ぐことが出来る敷居の低いお楽しみ。

道具、時間、特別な技術が無ければ模型は楽しめないというようなことは無い訳で
自分が持っている道具で、自分が出来る範囲のことで模型趣味に臨めばいいと思う訳です。
その時に自分の出来る範囲を少し超えたところへのトライアルを加えれば
自分の出来る範囲は少しづつ広がっていく。
最初から全てを完璧にこなせる人などはいない訳で
プロモデラーと呼ばれる人たちだって初めて模型に触れた時から
スゲェ作品が作れたわけでは無い訳です。

こと、ガンプラに関しては年齢・性別・国籍に関係なく楽しめるもの。

小さな子がガンプラを作る
シニアの方がガンプラを作る
女性がガンプラを作る
外国の人がガンプラを作る

残念ながら現在は彼ら、彼女らは珍しい存在です。
かつてプラモは男児の嗜みとされてきました。
今もそう思っている人は多いでしょう。
しかし、お父さんが作る人なら小さい子も作るきっかけはあるのです。

現在カワグチは50代にありますが
否が応でも毎年齢を重ねていく訳で、確実にシニアコースに乗っている訳です。
印象として50過ぎてガンプラですか?というイメージはあるかと思いますが
カワグチよりも上の年齢の方も嗜んでらっしゃる訳で
現実は着実に高齢域までガンプラ者は及び始めており
今後その傾向は年々強まっていくはずです。

十数年前、スポーンが上陸しフィギュアブームと呼ばれた時期がありました。
その時に雑誌等では模型も含めキャラクターの立体物は全てフィギュアと総称しました。
丁度ガンダムW、エヴァがヒットした時期でもあり
キャラクタープラモはキャラクターグッズのひとつであるフィギュアのカテゴリーの一つとして
アニメファンの女性も抵抗無くキャラクタープラモを手に取るという状況がありました。
もちろん彼女らの多くは模型ファンになった訳ではありませんが
その後もSEED、タイバニ等の女性ファンが支持するキャラクターが断続的に現れ
その時々で世代替わりしながらも女性がプラモデルを手にする機会は存続しており
その中の一部はプラモ面白いかも…と思ってもらえる状況が実際にはある訳です。

現在アジア圏では情報、新製品の入荷タイミングは国内とほとんど変わりません。
ガンダムコンテンツそのものもビデオグラム、ネットを介して
海外ユーザーに届いています。
日本にいるとあまり見えてこない面はありますが
本ブログでも折々にご紹介しているように海外ユーザーのガンプラへの向き合い方は
日本人と大差は無いのです。

彼ら彼女らはそれぞれ数こそまだまだ少ないものの(少ないがために)
"模型は男児の嗜み"幻想により言葉が悪くて申し訳ありませんが"珍獣"扱いされています。
"珍獣"を"珍獣"扱いしている間は、絶対数が増えたとしても"珍獣"扱いが続く訳です。
そのような様々な"差"が平準化されなければ一般化はしない訳で
幻想に過ぎないイメージに基づく特別視こそが一般化を妨げるとカワグチは思う訳です。

上手く作ろうと思うと挫折もするし長続きしないから楽しんで作ろうよ。

やるからには上手く作りたい、失敗したくない、というのは人情です。
自分の力量は自分が一番わかっているはずなので
作っても上手くできないから…と思ったとたんに手にしていたキットは積みプラになります。

頑張ろうと思う人は上手く作るために道具を揃えます。知識を得ようとします。
そこで何となく出来るような気になってしまう人もいますが
道具や知識は使ってこそ初めてキットを形にすることが出来るのです。

そうして作り始めて上手く出来なければ模型趣味そのものを諦めてしまう人もいます。
どうすれば上手くいくのか、更に知識と道具を求めようとする人もいます。
そうしてスキルアップという修行が始まる訳ですが、
多くの人は修行が楽しいとは思わないでしょう。
修行の末に上手く出来るようになる、という見返りがあるからこそ頑張る訳です。

修行しても上手く出来ない人の中にはやはり模型趣味を諦めてしまう人もいます。
満足には際限がありませんから上手く出来るようになった人でも修行は更に続きます。
挫折に至る窪みは至るところにある訳です。

一方、パチ組みでもいいからとにかく作る…という人は
実作業を介して少なくともニッパー捌きのスキルは上がります。
ゲート跡処理のスキルも上がるでしょう。
シール貼りのスキルも上がるはずです。

そうしたルーチンの中にスミ入れくらいはしてみよう…
部分塗りくらいはしてみよう…
たまには全塗装に挑んでみよう…というトライアルが加わると
新たなスキルも手に入れることが出来る訳です。
作ることにより完成させるための思考トレーニングが行われ
スキルを応用する、スキルを組み合わせることで新たなスキルを得ることが出来ます。
考える~実践するを繰り返すことで
強迫観念による修行とは異なる意識に基づくスキルアップが可能となるのではないか、
などと思う訳です。

というようはことは口頭で話す際には多少端折りながらも触れる訳ですが
前日記のような項目だけを羅列した書き様では伝わらないですわなぁ。

書いていること自体は折々で断片的に記して(言って)きたことばかりなので
取り立てて新しいことを言ってる訳ではないんですけどね。

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NONFIX@CX 0123

CXのサイトの方にも予告がわずかに載っているので
既にご存知の方もいらっしゃるかもしれないが
来週1/23(水)26:20~27:20 NONFIXという番組でガンプラが採り上げられる。

一昨年前のGBWC2011香港から昨年末お台場で行われたGBWC2012まで
1年間に渡って様々な人々、シーンを取材して構成された番組ということで
我々も取材協力を行ってきた。

実際にどんな番組になるのかは判然とはしなかったが
今日(ホントは昨日)NA原稿を読ませてもらい全体像を知ることが出来た。

或る程度は予想はしていたのだが、正直な実感としては甚だ不本意というところだろうか。

ここ数年機会ある毎にお客様に訴えてきたのは
模型趣味は特別な人間の嗜みではなく、誰もが跨ぐことが出来る敷居の低いお楽しみ。
こと、ガンプラに関しては年齢・性別・国籍に関係なく楽しめるもの。
上手く作ろうと思うと挫折もするし長続きしないから楽しんで作ろうよ。
というようなところだったのだが、
GBWCというガンプラ世界大会を背景とした企画ということもあるが
オンエアされるのは或る意味真逆の方向性を導くものになりそうだ。

以前ガンプラ本の取材協力をした時に
執筆者氏が思い描いているであろう内容に沿うコメントを得ようとする誘導に
かなり辟易としたことがある。
彼に必要だったのは事実関係ではなく、
予め想定している内容に関する関係者の言質だった。

情報というものは間に人を介することで
アウトプットが一次発信者の意図から変わってしまう、ということは往々にしてある。

オンエアをご覧になる人が番組から何を感受するかはわからないが
今は只々わかっていながら乗っかった己の甘さを恥じ入るばかりである。

ちょっと鬱な気分であることは否めないが
気分が落ち着いたらリセットしてもう一度ゼロスタートでやり直すことにしよう。

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