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February 26, 2012

昔、模型誌の編集さんから聞いた話

今日のAGEではゼイドラが出撃した訳だが
赤くて3倍速のMSの中の仮面の人・・・にあちこちでツッコミが入っている様子。
そんなログを見ながら十数年前に模型誌の編集氏から聞いた
ちょっとしたコスプレイベントの話を思い出した。

時期的には"ガンダムW"絶頂期。
5人のガンダム乗りやゼクス姿の人が多く見られた時代。
もちろん他タイトルガンダムのレイヤーさんもいる中で
赤い彗星に扮した人もいたそうだ。

赤い彗星ならそんなイベントには普通にいて当たり前だと思うのだが
一部のレイヤーさんのグループからは
「ゼクスのパチもの」「ツノ付き」などと呼称されていたらしい。

血中ガンダム濃度が一般値レベルな人にとっては耳を疑うような話だが
"ガンダムW"が好きな彼女たちにとっては
15年も昔のガンダムなんて知ったこっちゃ無いわけで
そこで彼女たちの首根っこを捕まえて
"赤い彗星"についてどんなに熱く語ったところで全く響かないに違いない。

その前年に
TVは初めてガンダムを見る人にとっての接触機会として考えた方が良い…
と思い至ったりもしていたのだが、
そういう面では赤い彗星をゼクスのパチものと言い切って憚らない人たちが現れる
というのは必ずしも嘆くべきことではないのだなぁ・・・
というような納得をした記憶が蘇った。

SEED、SEEDデスティニーの時も似たようなことはあった訳で
ザクはまだしも、グフやドムには俺的にも抵抗感がない訳ではなかった。
だが、SEEDファンにとっては
青い巨星も黒い三連星も知識としては持っているかもしれないが、
感情移入の対象はあくまでもイグナイテッドやトルーパーであった。

"AGE"をファーストガンダムとして見ている視聴者にとって
「赤い3倍のMSの中の仮面の人、カコイイ!」
という印象が残ってくれれば、"TVガンダム"としての役割りは十分に果たしている
と言えるのかもしれない。

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Comments

コスプレでそのような話があったとは…。

愛は盲目っていうのもあるかもしれませんが、
どこか自分の好きなものに似ているけど、
違うものに対する違和感などが拒絶反応になっちゃう、
って感じでしょうか。

でも、愛されるってホント幸せな事ですね。

Posted by: にあ | February 26, 2012 08:11 PM

テレビを見て憧れる子どもたちには素直に楽しんでもらいたいのですが、他の異物を脊髄反射的に蔑む感覚は本人の勘違いが原因であることに気付いてもらいたいと最近よく思います。

歴史を知らずに事実誤認し、知ろうともせず他者を批難する愚かな行為がネット上や現実でも散見されて、本当に残念です。

Posted by: バツマル | February 27, 2012 12:04 PM

■ にあ様

昔からガンダムを見知っている人にとっては
「機動戦士 ガンダム」を起源に
様々なガンダムタイトルが30年の間に重ねられてきた事を知っている訳ですが
ガンダムファンが皆そうかというと必ずしもそうではないということで。

GWで初めてガンダムを見て好きになったという人にとっては
それ以前の作品もGWを基準に見る訳で
それもGWに限った話ではなくSEEDしかりOOしかり。

同属嫌悪的な感情も
自分の好きなものを大事にしたいが故に生じるものでしょうから
それが良い悪いという判断も軽々には出来ないところではあります。

でも、全肯定せよとは言わないまでも寛容な気持ちは欲しいところです。


■ バツマル様

上レスでも記しましたが、自分の好きなものを大事にしたいが故に
他を貶めるというのはガンダムに限らず世の中ではよく見られるものですが
自分の思っていることを容易に発信できる昨今のWeb環境なども
そうした傾向を促している面はあるのかもしれません。

自分の発信が視聴環境にある人に対して少なからず影響力を有するという点を考えると
有名・匿名を問わず自分の発信に対しては責任が伴うものなのですが
過度の"思い入れ"、"思い込み"は視野を奪ってしまうのかもしれません。

自分の判断、自分の発言は大事にしたいものです。

Posted by: 川口 克己 | February 27, 2012 02:11 PM

車評論家の清水草一氏がその著書中で、
特定世代のスーパーカーオーナー層になぜか、現在所有する車種、メーカーを問わず
Q「スーパーカーと言えば」A「カウンタック!!」
という共通認識があるようだ。
として、大乗フェラーリ教教祖を自称する清水氏は興味を持たれたそうで、調べたところ、
漫画「サーキットの狼」からの一連のスーパーカーブーム当時に雑誌で見、スーパーカー展示会で間近に体験した強力なイメージインパクトからのようであるとされていました。
純粋で強力な感性と、心の吸収力のある時代に感じた物はその人の不可侵領域となるのでしょうか・・・

そういう自分もアオシマの新規パンテーラ発売に心震えましたがw
 

Posted by: 咲くぷら | February 27, 2012 06:47 PM

上記訂正 
   ☓アオシマの新規パンテーラ
   ○フジミの新規パンテーラ でした。

Posted by: 咲くぷら | February 27, 2012 06:59 PM

■ 咲くぷら様

時代性による共通認識というものは間違いなくあると思う訳で、
スーパーカー話に乗っかれば、「サーキットの狼」を知らない世代に
「スーパーカーと言えば?」と問うとどんな回答が集まるのか・・・
興味深い重いではあります。
「スーパーカーって何?」と答える人もいるような気もします。

感銘を受けた対象が何であるのかによって
その人に根ざすものは変わってくるというのも理屈では理解できますがw

Posted by: 川口 克己 | February 27, 2012 07:39 PM

コメントありがとうございます。
ホントおっしゃる通りですね。
形は違えど思いは「好き」で変わらない、
人を思いやる気持ち、うまく育まれて欲しい
と思いました。

他の価値感がある事を諭す「大人」(余りこういう表現は好きでないのですが、成熟した?)もより多くいる層の厚い文化になり得る「世界」なので。

Posted by: にあ | February 28, 2012 10:08 AM

■ にあ様
「俺の好きなものをお前らも好きになれ…」的な押し売りも少なくない訳で
そんなあたりから「俺が好きなもの以外は全部敵」に進化していってしまうのでしょうね。
そこはもう価値観や感情の領域なので何とも…ではあります。
宗教などもそんな一面はある訳で、人間というものはそういうものなのかもしれません

Posted by: 川口 克己 | February 29, 2012 12:09 PM

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