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June 09, 2009

ジオン軍エースパイロット部隊

角川書店ガンダムエース誌で連載している企画"MSV-R"に関係していることもあり
いろんな資料を掘り返し、或いは新説を確認し見直すという機会が増えているのだが
かつてのMSVが20余年の時間を経て様々に変質していることに改めて驚かされる。

ライデン少佐の人物像の変わり様については
当ブログ2008.9.5.の"プロパガンダの英雄"でも記したが
エース部隊もキマイラ隊と呼ばれ
落日のジオン軍最強部隊として称されるようになっている。

部隊マークはいつの間にか"三つ首龍"の徽章とされている。

アレは元々ア・バオア・クー防空隊で使用されていたもので
エース部隊に所属する機体にも見られたマーク…
ということで、キマイラ隊のマークそのものではない。

ライデン少佐のゲルググの左腕に記された白い"キマイラ"が
エース部隊のマークだった筈なんだけどなぁ。
あれ?ザンジバル級"キマイラ"の所属マークだっけ???

ちなみに、ゲルググを擁するエース部隊に関しての当時の思いを振り返ると
イメージは旧ドイツ空軍のMe262部隊であるコマンド・ノヴォトニー、
或いはガーランド率いる第44戦闘団で
B型パックを装備した高機動型はMe262 A-1aシュワルベ
C型パックを装備したゲルググキャノンはMe262 A-2a シュツルムフォーゲル
というのが当時の気分だったりする。

当時HJ編集部に週末になると集まったモデラー諸氏の間で交わされた
「ゲルググはキングタイガーだよね」もしくは「ゲルググはMe262でしょう」
という会話は折に触れ引き合いに出されていたが
未熟なパイロットが大半となってしまった1年戦争末期に投入された
遅れてきた名機ゲルググは当時は戦果以上の存在感を持っていた。

近年そうしたイメージを仮託して感情移入を増す
という指向はあんまり見られなくなったし
そういう楽しみ方に対しては否定的な言葉で片付けられてしまう昨今ではあるが
そういう方にとっては今度復刊される
"How to Build GUNDAM 2"なんてのは論外だろうし
角川の"MSV-R"なんてのは忌避すべきものなんだろうなぁ。

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Comments

オフィシャル設定の線引きって難しいところですよね。
当時は映像の隙間を覗くような感覚でMSVなんかを楽しんでいたのですが、
最近の作品だと映像に出てこない設定もあらかじめガチガチに設定されていて妄想を楽しむ余裕がないというかなんというか…。

そういえば当時プラモ狂四郎で「アニメの清四郎」という今でいうところの映像(設定)至上主義者が出てくる話がありましたが、
あれは今でも反面教師みたいな感じになってますね。
与えられた設定のみにとらわれず、自ら考え手を動かさないと(笑)。

そういう意味では今度のMSV-Rは久々に映像の隙間を覗くワクワク感たっぷりで非常に楽しみだったりします。

Posted by: コタ-2 | June 09, 2009 09:37 PM

■ コタ-2 様
設定が固められてて…と言うよりも、ガンダムタイプ主体では遊ぶ余地は少ない
ということではないでしょうか。
SEEDにしてもダブルオーにしても量産機で…ということなら如何様にもという気がします。
あとは作品世界への感情移入の程度ということだと思います。

極論ではありますが、当時とは異なり現在では完成品商材も様々ありますから
アニメの清四郎クンにはプラモではなくそっちをお薦めするのも良いのかもしれませんね。

Posted by: 川口 克己 | June 10, 2009 12:22 PM

 MSV-Rはガンダム関連では今一番楽しみだったりします。存在が確認できなかった物を確認できた、というのも魅力の一つでしょう。それだけ画の持つ説得力は大きいし、判り易いです。

では文字はどうだろう。MSVにおける文字設定は、設定というよりは側面を楽しむための補強に過ぎないと思っています。だから面白いんです。

もし設定でがんじがらめにしてしまったら、それはMSV本来の姿(本編に囚われず、最低限の情報から想像の世界を楽しむ)から外れてしまうのでは?と思いました。

Posted by: TOS | June 10, 2009 02:07 PM

■ TOS 様
MSVに於けるテキストの役割は個人的には感情移入を高めるための触媒だと思っています。
また、MSVの本質はプラモを作る時の遊びの方便だと思っているので
基本的にはこんな機体があったかもしれない、あってもいいんじゃない、だから作るんだよ。
という点に集約されるのではないかと思います。

そういう意味ではSEED以降の本編と密接に関連するバリエーション機というのは
やはり外伝であって、いわゆるMSVとはニュアンスの異なるものだと思います。

趣味のプラモデルである以上、自分で買った商品をどう作ろうが勝手な訳で
出来上がったものに対して他人がどうこう言うこと自体が大きなお世話な話なのですが
それでも勝手に作る時に自分なりのルールがあった方が指針は立て易いんじゃないか、
ということで良いんじゃないかと思います。

そうした最低限の情報から想起されるルールにしても
それを縛りと考えるか、発想の基準と考えるかで表現出来ることは大きく変わります。

このところ感じている違和感は、お遊びがデータ化、スペック化され設定化された過程で
俺的なお楽しみの感情の対象がスポイルされちゃったなぁ・・・という感慨に過ぎません。
むしろア・バオア・クーを守備する部隊は他にもあった訳で、
そういう俺部隊を妄想する方が楽しいはずだし、それがMSVの本質なんじゃないの?
ということです。

Posted by: 川口 克己 | June 10, 2009 05:53 PM

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