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September 02, 2008

模型の国の住人

カワグチ的には10年ほど前から"模型の国の住人"という言葉を好んで使っている。
模型が好きな人をひっくるめた総称として使いやすい・・・というか
語感が好きで使っているのだが、
そのきっかけはガイナックスのてんちょさんだったりする。

エヴァ本放送の頃に商品化の話をガイナックスさんとやっていた頃
商品企画担当のおねいさんと一緒にてんちょさんの元を訪れ
仕事の話もそこそこに模型談義をする中でてんちょさんが使っていたのが
"模型の国の人"という言い回しだった。
以来カワグチも"模型の国の住人"と微妙にアレンジして使わせてもらっている。

最近思うのだが模型の国の住人にもいろんな人種がいる。
カテゴリーで分けるというものではないのだが
オレ分類的には
原型師モデラーフィニッシャーそれに考証家コレクターというのは
スタートは同じかもしれないが、拠って立つところがやっぱり違うのかなぁ・・・
などと思ったりする。
何を当たり前のことを、という人もいるかもしれないが
同じ模型の国の住人として話しをしていても微妙な温度差を感じることがある。
どれが良い悪いとか、どれが上下なんてことは全く無い。

単純に枠で括れないのは無論で
それぞれの要素が重なっている人がほとんどだとは思う。
既知の解釈・語彙とは異なる分類なので補足しておくと
損得関係なく単純に「オレ、コレが作りてぇ!」という趣味的範疇で模型を作ってる人は
モデラーなんではないかと思う。
ここで言うフィニッシャーというのは
キットを単に完成品として仕上げる人という意味ではない。
「オレ、コレが作りてぇ!」気分は無くても作れる人という解釈。

とりあえず自分自身はモデラーだと思っている。
最近良く見る製作代行とかオークションモデラーというのはフィニッシャーだと思う。
模型誌で作例を手がけるモデラーも気分の半分くらいはフィニッシャーだと思う。
発注を受け作例を手がける全てのものが
「オレ、コレが作りてぇ!」に根差している訳ではないからね。

そういう意味では世の中にいる模型趣味の人のほとんどはモデラーということになる。
ただ、ガンプラの場合はまた微妙で
ガンプラ好き=模型好きという訳では必ずしも無い。
流行モノのひとつとして・・・
或いはキャラクターグッズのひとつがたまたまプラモだった・・・
という人も少なくないと思う。
彼らは多分コレクターエリアに近いところにいる人で
ザッピング的に模型と接するザッパーとでも称するエリアの人たちなんだろうか。

そんな分類に何の意味があるのかというと別に意味は無いのだが
仕事的な立場で考えると"模型の国の住人"も住んでるエリアで感覚差がある
というのは結構大事なことだったりするんだねぇ。

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Comments

名人のいう「模型の国の住人」、という区分。よくわかります。というか最近わかりましたw。当店には基本「モデラーの店」なんですがフィニッシャーさんや原型師さんもいらっしゃいます。このあたりまではお互い共感やリスペクトできるんですが普通のガノタ、といわれる方や完成品好きの方だと噛み合わない部分も。それを否定はしないんですが「違う国」の方ですね。その方々を模型の国に引っ張りこむのではなくて「昔、模型の国に住んでた人」を呼び返したい!とは思ってるのですが。

Posted by: わこうつうしん | September 04, 2008 05:29 PM

茫洋とした分類で自分自身明確に定義も出来ていないんですが
なんとなく肌感覚で感じるものがあって
頭の中を整理するつもりで書いてみました。
文中にも記しましたが、もちろん定規で線引けるようなもんでもない
というのが実際なんですけどね。

環境も変われば嗜好・指向も変わるのが世の中なので
何が良くて何が悪い・・・と言うのもナンセンスだと思う訳です。
ただ、模型趣味のアイデンティティはあるべきで
放棄できない一線は保ち続けたいと思うんですね。

「違う国」と言うか、
「そんな黒い醤油っ辛いう~どん食うて、舌おかしんちゃうん?!」
くらいの文化差だと思うんですけど(笑

Posted by: 川口 克己 | September 05, 2008 09:44 AM

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