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August 31, 2008

言葉の軽さと重さ

日テレ24時間テレビも31年目になるのだそうだけど
家にいると何となく見てしまったりする。
そういう意味ではオリンピック中継に似ているのかもしれない。

番組自体に好意的な人もいれば否定的な人もいるが
オイラ的には正直なところ特別な感慨を持って接している訳ではない。

難病や障害を持った方々が目標に向かって頑張ってらっしゃる姿には純粋に心を打たれる。
ただ、その後にパーソナリティ諸氏が
「感動」という言葉を並べ立てるのには些か興が削がれるような思いがする。
言葉など無くとも下隅のウインドウの中に
目元を押さえていたり真剣にモニターに見入る出演者の表情が映るだけで
パーソナリティー諸氏の気持ちは十分に伝わってくる。
オイラ的にも余計な解説や言葉なしで余韻を噛み締めていたいこともある。

困難に直面されている方々の本当の辛さや苦しさは
申し訳ないけどオイラはやっぱり判らない。
判らないなりに判ろうという気持ちにあんまり水を挿して欲しくなかったりする。

言葉の持つ重さという点でかなり気になったのが
魚鱗癬という難病と闘う少年の話。
TVというメディアを通じて世の中に魚鱗癬を認知させ
厚労省が特定疾患として指定するに大きく影響を与えた少年なのだそうだ。
彼の夢はTVディレクターになり、そうしたメディアの持つ力で
困っている人、苦しんでいる人を助けたいということ。
それは純粋で素晴らしい夢だと思う。

で、番組ではその夢を叶えるべく番組スタッフが手伝い少年による作品を作る
というもので、その作品は番組中で放送された。
その作品に対しパーソナリティ諸氏は賞賛を送った訳だが
「いろんな勉強をして世の中を見て素晴らしいディレクターになって欲しい・・・」
というようなコメントなら違和感はないのだが
すぐにでも一緒に仕事が出来るかのような手放しの賞賛は
或る意味非常に無責任のようにも思える。

番組的には
彼の作品が出来上がり、番組内で放送することで彼の夢が叶ったと見るのだろうが
実際には彼にとって小さな最初の一歩を記したに過ぎず、
大人になってディレクターになるという夢はまだ叶ってはいない。

日テレが今後も彼を見守りながらディレクターになるという夢の実現に向けて
必要なアシストを行い、社員として或いは番組企画会社で働けるようフォローする・・・
というなら話しはまた別なのだが。
24時間テレビの場合そういうこともあり得るかもしれないが
武道館で自分の作品が放映された後の少年の輝いていた目を大切にして欲しい。

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