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December 08, 2004

12月8日という日

1941年、日本軍による真珠湾攻撃で日米の戦端が開かれた
それから63年経った2004年
アメリカ大統領は海兵隊基地で真珠湾、硫黄島を引き合いに出し
現在イラクで展開している軍事行動が「自由を拡大するための戦いである」旨の演説を行った。
折に触れ日米戦争と日本の戦後復興を対イラク政策の範とする
旨のコメントを発する大統領ではあるが
日米戦争とイラクでの戦闘は戦端から推移、戦後処理に至るまで
同列には出来ないと思うのだがなぁ

国家による軍事行動に端を発した戦争は一方が降伏することで終戦となる
終戦後は戦勝国の統治の元に敗戦国の復興が図られ国家としての主権を回復する
イラクでの戦闘はテロとの戦いを表明している時点で
明確な敵としての国家は存在しておらず
「この国は怪しいんじゃない?」ということで軍事介入が行われ
テロとの戦いはテロ支援国家と目される国との戦いに変化する
軍事的制圧が終わった後も、本来の敵であるテロリズムの信奉者達は市民と同じ顔をして依然国内に留まり続ける
首謀者・指導者の身柄を確保、或いは排除したとしてもその代わりとなる者が途絶えることは無く
殲滅するためには戦闘は継続されねばならない
目に見える形での終戦は訪れることなく従軍する者、起居する地を戦場とされた市民の犠牲のみが拡大する

20世紀の戦争の形は前線と銃後の境界を曖昧にするものとなった
21世紀の戦争は本来銃後であったものが容易に前線に変わり得るものに変質した

開戦時に「Remember PEARL HARBOR」という怨差を産んだ戦争は「No More HIROSHIMA」という怨差を残し終結した
中東の地での怨差の拡大は終息の気配すらない
「自由を拡大するための戦い」で失われたイラク国民の犠牲は必要最小限のリスクと言えるのか
「自由を拡大するための戦い」の名の元に産み出され続ける新たな怨差を米国大統領はどれほど認識しているのか

一度走り始めた超大国は自国の国益が著しく損なわれない限り、容易にブレーキはかからない
イラクの地で失われた米国人の命は1,000を超えている
ベトナム戦争では30,000を超える戦死者を出し反戦世論の高まりもあって干渉から手を引いたが
そこまでいかないとブレーキはかからないのだろうか?

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