2019年5月31日 (金)

アーマーモデリング6月号特集「土が決め手の泥試合」

 昔々、"How to Build DIORAMAS"からいろんなことを学んだ中に
地域感を表現する…的なことがあった。

一言で"密林"と言っても植生は地域によって変わるし、
"砂漠"と言っても砂砂漠もあれば岩砂漠もある。
"積雪"もパウダースノーとボタ雪では積もり方も違うし、
湿度の高い地域と乾燥した地域とでは空気の透明感も異なる。
折々に触れているがHTBG2の時には小田さんとそんな話をしながら
個々の作品に向き合っていた。

ガンプラコンテストで海外に赴くようになり
地域によって街の色が異なるというのを実感した。
植生によって緑の色も変わる。
海流によって海の色も変わる。
そして、土の色も異なる。

情景模型を作る際に泥の表現で地域を紐づけるというのは納得出来るし、
自分が情景作品を製作する時には意識したいポイントだとも感じる。

願わくば
「ノルマンディにその泥はおかしい! こうあるべきだ!」
というような窮屈な話に終始するようなことにはなって欲しくないなぁ…とは思う。

東京というエリアで考えても新宿中央公園と代々木公園の土色は多分違うだろうし、
地面表層と掘って現れる土も違ってくる。
晴れた日と雨の日では土と泥という違いも出てくる訳で
「泥試合」のような具体的なサンプルは
難しい顔をして間違い探しのガイドとするよりも
作品を作る時に表現の幅や発想を広げてくれるもの、
と捉えるのが精神衛生上も遥かにヨロシイと思う。

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2019年4月30日 (火)

平成最後の日

本日、天皇陛下が退位され明日皇太子さまが新たな天皇に就かれる。
TVなどでは「平成の大晦日」と銘打って、
文字通り年末特番揃いのような様相を呈している。

ちょっと騒ぎ過ぎだろ…と、思ったりもするが、
冷静に考えると、いわゆる大晦日は12/31、365日のうちの1日。
平成から令和へのゆく年くる年は30年ぶりになる訳で、
そりゃ平成という時代を振り返りたくなるのも人情…とも思える。

しかも、近世以降の歴代天皇の皇位継承とは異なり
陛下のご意志で然るべき時に皇太子さまに次代を託され上皇陛下になられる。
このような形でのご譲位は200余年ぶりと聞く。
ならばTVなどが平生の大晦日以上に肩に力が入るのはわからんでもない。

平成振り返り結構。
ロイヤルファミリー特集結構。
あんまり慶祝に関係なさそうなバラエティノリは…まぁ、どうかと思うが
静かに穏やかに平成を、陛下への思いを振り返り感謝し、令和に思いを馳せる
という気持ちは日本人として大事にしたいものである。
そして、譲位され上皇陛下となられた後も
上皇后陛下と共に末永くお健やかに過ごされることを祈ってやまない。

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2019年4月 5日 (金)

「母の法廷」

個人的に医療ドラマ、法廷ドラマというのは好きで
TVで放映されているとついチャンネルを合わせてしまう。

圧倒的に不利な状況から諦めることなく、
支援も望めない中で集中力と柔軟な発想を武器に窮地に一穴を穿ち、
そこから形勢を挽回し大団円を迎えるという様は或る種のカタルシスを感じる。

今回観劇した「母の法廷」。
簡素化したような法廷のセットを舞台に4人の女優さんが、とある裁判の様子を演じる。
被告人の母、裁判員、検察官、弁護士。
それぞれの役割と目線で劇は進行していく。

冒頭手続きから証拠調べ手続き、論告、弁論、結審という
刑事裁判の流れに従い芝居は淡々と進行していく。

それぞれの役割を演じる役者さんに感情移入する余地はなく
「刑事裁判の流れ」とでもいうようなマニュアルビデオでも見ているような展開に
傍聴人の一人になったような気分で裁判の進展を見ているような不思議な感覚は
演劇を見ている感覚とは異なる次元から眺めているようにも思える。

それでも演じる役、役者さんの個性から
被告人を溺愛する老齢域に入ろうとする母、
職務に忠実たらんとするベテラン検察官、
アクシデントに感情を翻弄される若い弁護士、
好奇心の塊のような一般市民を体現するかのような裁判員、
そんな4人の心情が少しづつ感じられるようになる。

言われないと、知ろうとしないと感じ得ない他人の気持ち、振る舞い、
裁判というシステムを通じて事象を告げられることで
自分の価値観だけでは読み取ることは出来ないこともあり
他人の価値観を理解することで初めて感じ得るものがある、
そんなことを改めて認識させられたようにも思う。

事件を起こしてしまうのも人、
事象を解明していくのも人、
判断を総合して裁くのも人。

芝居の主旨とは離れてしまうが
SNSを通じた他人との関わり方に時々違和感を感じることもある自分には
簡単で便利なツールを使うからこそ、
そのツールを使う"人"のことを意識し理解しようとする、
他人との適切な距離感を保ちながら良好なコミュニケーションを取るというのは
そういうことなんじゃないか…。

家路に着きながらそんなことを考えさせてくれた芝居ではあった。

母の法廷

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2019年3月11日 (月)

3.11 震災の時、何をしてましたか?

自分は浅草バンダイ本社で来客打合せ中に大きめの揺れを感じ
打合せ後にお客様を見送った後
「電車動いてるかなぁ…」と心配しながらフロアに戻り
地震情報確認のためにつけられたTVを見やった。

画面に映るリアルタイムの被災の状況に
とんでもないことになっている…というのを認識し
津波被害に呑まれていく街を只々見ているだけだった。

営業スタッフが被災地の流通各社様へ連絡を取ろうとしている傍らで
自分らは通常業務に戻ったが、
TVから流れてくる続報に釘付けになっていた。

暫くして地震に伴う公共交通機関の麻痺が見られるため
早期帰宅の推奨という旨の総務通達が発せられた。
交通状況が今一つ掴みきれず、仕事しながら様子見を続けた。

夕方近くになりオフィスの窓から見える江戸通りには
徒歩で家路に着く多くの人たちの姿が見られ
都営地下鉄線も停まっていることを察した。
既にタイミングを失したことを悟り、
都営地下鉄線の復旧を待つことに決めた。

各事業部フロアには同様に復旧を待つ社員が残っていたが
夜になり社員食堂で居残り社員に対し、
軽食と希望者には非常用毛布が配られた。
軽食では足りない社員が近くのコンビニに買い出しに出たが、
ほぼ手ぶらで戻って来た。

都内主要駅からの帰宅者状況がニュースで報じられるが
公共交通機関は完全に麻痺している状態で復旧のメドは立っていない。

電話は繋がりにくい状態になっていたが
Twitterが機能していたのでTwitterで各方面との連絡を取る。
泊まり込みを覚悟して後はニュース、SNSで情報を追いながら
友人とコミュニケーションをとり時間を過ごす。

デスクで仮眠もとりながら夜明けを待つ。

空が白んできた頃、
ようやく都営地下鉄線復旧の報が総務から全社員に伝えられる。
通達を聞いた社員が通用口に向かい三々五々帰宅の途についていった。

早朝の都営浅草駅。
ホームに降り立つと予想外に人影はまばらだったが
前方にお母さんに手を引かれた二人の幼児が
黄色い防災ヘルメットを被っている姿を目にし
非現実的な一晩から現実に連れ戻された思いがした。

その後は復旧なったとはいえ停まっては動きを繰り返す通勤帰路に
只々疲弊するのみだった。

<下画像は震災当日にUPしたもの>
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2019年3月 8日 (金)

「こと~築地寿司物語~完全版」

"運命を受け入れる"というのと"運命に流される"というのは
似て非なるものだと思う。

抗いようがない運命というのもあれば、
自らが選択した結果訪れる運命というのもある。

"運命を受け入れる"というのは正対し自分はどうするのかを考えアクションを伴う訳で
その姿勢は流されるという受け身な姿勢に対し、極めて主体的なのではなかろうか。

それが抗い得ないものでもどう向き合うか考え行動を起こせば
受け入れた後に気持ちを切り替えて歩を踏み出すことが出来る。
踏み出した後は後悔の念や未練のようなものに捕らわれず進むことが出来る。

避け得ない運命には暖かい運命もあれば極めて暴力的な運命もある。
特に後者は考え行動する力を根こそぎ奪っていく。
力を失い立ち尽くし運命を嘆くだけであれば踏み出すべき道も見い出せない。
"運命を受け入れる"ということは最大限の覚悟と責任が伴うことなのだと思う。

そんな覚悟と責任を背負い続けられるほど人間というイキモノは強くはない。
手を差し伸べてくれるのはやはり心を許した仲間なのだろう。
"絆"というのはそうした人たちとの信頼、愛情を伴う関係なのだと思うし、
これもまた受け身の姿勢ではなかなか築けるものではないと思う。

"運命を受け入れ、その後、努力する"というのは
そういう事なんじゃないかなぁ…。


などということを考えながらの2時間余。
「運命を受け入れる~」という言葉は
舞台冒頭に主人公である ことさんから発せられる。

大正時代に日本橋の寿司屋に嫁ぎ
関東大震災で日本橋市場から焼け出され
芝浦~築地への市場の移転に伴い築地で再開した玉寿司。
太平洋戦争が始まりご主人が病没され築地市場も空襲に晒される。
戦後の焼け野原からご主人亡き玉寿司を再建し
代を重ね市場は築地から豊洲へ拠を移す。

女性主人ことさんを軸に語られる築地市場の物語であるが
今回3度目の公演となる。

昨年拝見した2回目の公演では鳳恵弥さんが演じられることさんの強さと
山本圭壱さんが演じられたご主人栄蔵さんの優しさが印象に残る舞台だった。

今回お二人の好演はもちろんなのだが、築地玉寿司の中の人たちと集う人たち、
そして彼ら彼女らが息づく築地という世界がとても愛おしく感じられる舞台だった。

その中で自分的に印象に残ったのが、長台詞をものともせず
ことさんの娘さんの弥生さんの少女時代を演じ切った歌田雛芽さんの存在感と
ことさんの息子さんの幼馴染で奥さんとなる典子さんを演じられたAyanoさんの
優しい笑顔を絶やさない中に垣間見える女性の強さ。
そして今回はことさんの一代記というよりも群像劇に近い印象が
玉寿司に集う人たちを演じられた皆さんから感じられた。

巡り合わせで今の自分がある、という言葉をよく使っているのだけれど
その巡り合わせというのは人であったり出来事であったり様々だが
それも運命というものの一面なのかとも思うし
100%ポジティブとは言えないけれど、
巡り合わせに向き合って考え呑み込むようにはしてきていると思う。

今まで覚悟と責任を重く背負うほどの運命には出会ってはいないが
いざそんな局面に向き合った時に
立ち尽くし、下や後を向き続けるようにはならないようにしたいものだ。

こと~築地寿司物語~完全版
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2018年6月 9日 (土)

「くるくると死と嫉妬2018」を観て…

大ヒットシリーズ≪アンフェア≫の原作者であり、
また数々の人気ドラマの脚本も担当する秦建日子が、
臓器移植や無差別殺人など現代に蔓延る問題を取り上げ、
愛とは、正義とは何かを問いかけた話題作が装いも新たに2018年度版として公演。
平成の時代が終わりを告げようとする今、
あなたはこの物語から何を受け取りますか?

演出には神奈川を中心に様々な演劇を発信し、
演出のみならず多くのプロデュース企画も行う笹浦暢大。
総合演出として唐十郎が育てた唯一の演出家、中野敦之が控える。

出演は秦建日子と同じくつかこうへい門下の鳳恵弥が主演を務める。
また、役者としての評価も高い極楽とんぼの山本圭壱や
劇団四季のTOP女優として数々の作品でメインキャストを務めて来た秋夢乃、
宇宙刑事シャリバンなどの主役など日本を代表するアクション俳優、渡洋史などベテラン陣に加え、
映像、舞台と活躍の場を広げる北村優衣や屋久島アイドルのかずみーぬなど若手の注目株も出演する。
<以上、作品紹介より>


自分は作劇のお作法もセオリーも知らないので
散漫にはなるが感じたままにこの作品に触れてみる。

開演時間となり暗転した舞台に鳴り響く重々しい音楽。
後に様々な事件・事故に巻き込まれる、
或いは当事者となる演者さんが舞台に並びお芝居は始まる。

植物状態、脳死、臓器移植を要する重症患者たちが並ぶ病院で近親者たちは
或る者は絶望し、或る者はパニックに陥り、また或る者は冷静に受け止めようとする。
重症患者たちは理不尽な無差別殺人事件の加害者であり被害者としてそれぞれのドラマが語られる。

それと並行して余命を宣告された女性と彼女を愛する男性の話が加わってくる。

既に時系列は自分の中で混乱し、ストーリーを追いかけるよりも
エピソードの断片からそこに関わる人々が抱いているものに目を向けることに意識が変わっていた。

現実の世界でも連日様々な事件・事故が報じられる。
その報を知った者は自分の世界には起こり得ないこととして
観劇しているような立ち位置で受け止める。

事件が醜悪であればあるほど、衝撃的であればあるほど
ニュースメディアは加害者の異常性を追い
怪物性を際立たせられた加害者は平穏な生活を営んでいるものの目には
自分たちとは別種のモノのように写っていく。

だが、生まれついての怪物という存在は果たしてあるのだろうか。
誰しもが心の奥底に闇を孕んでいるはずで
それが表出した結果が異常な事件の加害者の姿なのではなかろうか
その点では誰しもが怪物に変ずる可能性を持っているように思う。

疑心は暗みに鬼の姿を見せ、更に疑心が募っていくと悪鬼を生じさせる。
悪鬼に駆られた人は心の闇に支配され、
時として誰もが想像し得ない暴挙に走らすこともある。
誰もが意図せず怪物と化す可能性を秘めているのではないかと思う。

理不尽な凶行に晒された劇中の人物は絶望から狂気に蝕まれていく。
そうした狂気は伝染するかのように社会に広がっていく。

その反面、劇中では余命を宣告され絶望を感じたであろう女性が
理不尽で抗えないモノを受け入れ前向きな意識に転化させた姿がある。
絶望を超えた彼女の姿は愛おしく、強さすら感じる。

滅私奉公的な意識を必ずしも無条件で良しとは思わないが
エゴが溢れる昨今、閉塞感に似たフラストレーションを感じることも多いが
そんな世の中を少しでも住み易く感じるためには
絶望を受け止め超えていく姿勢を保つことなのかもしれない。

人間、一番大切なものは自分であり
大切に思い愛し守りたい範囲は自分を中心に近親者、友人・知人、他人へと
自分から距離が離れるほどに次第に希薄となっていく。
人の数だけ思いの同心円はある訳で
それが交錯する時、共感も生まれることもあれば軋轢を生じることもある。
軋轢よりも共感が生まれる割合が多ければ
きっとその社会は住み易く感じられるのではないかと思う。

劇中で「遠くの者を愛する」という言葉が用いられる。
自分なりの解釈になるが
希薄になりがちな他人への思いを意識することで作品紹介で問われた
「愛と正義」を認識し保てるのではないか。
劇中の様々な人物が辿り着いた場所はそんな境地なんじゃないか。

そんなことを感じさせてくれた2時間ではあった。

くるくると死と嫉妬

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2018年3月26日 (月)

ホビージャパン2018 5月号 第1特集冒頭頁の用法

HJ誌5月号の巻頭特集はガンプラウェザリングということで
頭のところで長江里加さんをお迎えして初めてのウェザリング
的なページを見開きでいただいている。

HJ誌の読者さんには勿論普段からガチで作ってらっしゃる方も多いので
素組みに汚しを加えることに新味は感じられないかもしれない。
ただ、ネットコミュニティや展示会などオン・オフラインで
様々な人と接する機会が増えている昨今、
プラモ初めましてな方と接することもあるだろうし
指南を請われることもあるかもしれない。
そうした時に極力手軽に"汚し"という俺ガンプラ作りの第一歩を
経験していただくということを前提にした中身で誌面協力させていただいた
というのが今回の見開きということになる。

長江さんご自身もプラモ経験は持ってらっしゃるので
今回は何でそんなことするの?系な話も織り交ぜながら進行し
実際に"汚し"にチャレンジしていただいた訳だが
途中から自分の想定していた全体の記事の流れに加え
ちょっと試してみたいことがあって
その流れで汚しお試しを行ってもらうことになった。

それが後半の実践編になる訳だが
最初に長江さんの施術の汚し被験体となる78ガンダムのポーズを決めてもらう。
この時は制約無しで思うがままにポーズをつけてもらう。
ポーズを決める段階で78ガンダムが何をしているところなのか
というのは施術者のイメージでは多分まとまっているはず。

次に何をしているところなのかを具体的に言葉にしていただく。
あわせて周りの状況もキーワードだけでも挙げてもらう。

状況が具体的になってきたところでどう汚れるかを考えてもらう。
実際に78ガンダムを手にぶんどど的に状況を表現してもらったりもする。

ポーズを付けた78ガンダムは18m級のロボな訳で、そのポーズをとらせる過程で
どこに傷がつくのか、どんなふうに傷がつくのか
どこが汚れるのか、なにで汚れるのか、どんなふうに汚れるのか。
といったことを想像してもらいながらレクチャーした技法で作業を進めてもらう。

今回選んだポーズはサッカーの試合で見られるゴールを決めた時の歓喜のポーズ
とのことなので、状況的には膝から滑り込む感じ。
ただ、芝上ではなく砂漠で、ということだったので、想像を積み重ねてもらう。

滑り込んできた時に一番傷つきそうなのは…ひざ、あと爪先もちょっと
砂を一番かぶるのは…ひざの上あたり
脚で汚れが付きそうなのは…ひざから脛、足首まで前側全体
砂埃が巻き上がって汚れそうなのは…腰から胸のあたりまでは来るかな

というような具合で想像を具現化してもらう。
傷のつき具合、汚れ具合を想像しながら
様々な表現方法の中から表現し易そうな技法を使い仕上げていく。
以前から折々で使っている"模型的プロファイリング"ということです。

本来はこれにディオラマを意識してもらうと
ロボの重さ、スピード、方向、地表の様子…といった具合に
もっと具体的なシーンが想像でき、表現することができる。

実際に作業を行ってくれた長江さんが一連の作業をやってみて
どのように感じられたかはわからないが
プラモへの関心の度合いが深まってくれたようであれば幸いではある。

自分もSNSでランバ・ラル特攻の時のグフ作りたい…などと言ってるのだけど
そうした想像の積み上げをやってると実際に作りたくなる訳で
多分作りながらももっともっとな感じでネタを入れたくなるんだろう。

こういうのはモデラーさんの集まる酒宴などでは結構盛り上がるネタだと思う。
あとは盛り上がった後、忘れないで作り始めれば
「テーマある作品」にはなると思う。

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2018年3月 6日 (火)

「こと~築地寿司物語~日本の女は強かった」

昨年上演された"こと~築地寿司物語~"の続編が上演されている。
大正期から築地で店を構える"築地玉寿司"をモデルとした舞台劇で
主人公であることさんが日本橋で奉公にあがるところから始まり
関東大震災、太平洋戦争といった歴史的事件を背景に
日本橋から築地への魚河岸の移転、築地での出店といった
ことさんの人生を左右する様々な出来事がお芝居の中で描かれる。

誰しもが思惑を抱え利を求める。
時代を問わず人の振るまいというのは概してそのようなものだが
人生を上手く回している時はなんの問題も無く時は過ぎていく。
しかし、アクシデントが生じたり思惑通りに行かなくなると脆さが表出する。

幾多の困難に直面しながらも常に前に進む歩みを留めず
日本初の女性寿司店主として自ら板場に立ち、老舗寿司店の礎を築いたことさんは
思惑や利得と無縁なピュアな人生を送られた。
だからこその強さ、優しさを惜しみなく周りにもたらすことが出来たのだろう。
それ故に、ことさんは築地の女神と呼ばれ周囲から頼られ親しまれたという。

そんなことさんを演じるのは鳳恵弥さん。
昨年の舞台から引き続きことさんを演じられる。
それ故かことさんを演じる恵弥さんは時代の進むにつれ激変していく環境の中でも
おりおりのことさんを演じ切られているように思える。

後に玉寿司の初代店主となる栄蔵さんはダブルキャストだったが
自分が観た舞台では山本圭壱さんが演じられた。
寿司屋の大将然とした雰囲気がとても感じられる好演だった。
お芝居の途中で日替わりゲストをお客さんとして迎える時間が設けられているが
フリートークに近いアドリブでの会話の折には
それまでの栄蔵さんとは違った目の輝きが感じられ
ゲスト(この日は木根尚登さん)を立てながらも弄り倒す
短い時間ながら芸人さんの真骨頂を垣間見せてくれた気がする。

他にも築地の顔役でもある医師に渡辺裕之さん
勝気な芸妓さんに市川美織さん
活弁士に若井おさむさん
といった多くの方もご存知の方々が出演されている。

公演も前半を消化し明日3/6の休演日を挟み3/11に樂日を迎える。

仕事や勉強といったルーチンに浸かっている人は
時々非日常に触れることでリフレッシュも出来る。
積極的にそんな時間を自分に設定するのは悪くない。
その時間を笑えて泣けるエンターテインメントに振ってみては如何だろう。

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2018年2月 8日 (木)

"すいプラ (仮称 "始めました

週の半ばの水曜日にプラモ作ってリフレッシュしようよ…ということで、
ガンダムベース東京でカワグチがただガンプラを作っている企画
というのを昨日(2/7)から始めた。
基本的には毎週水曜の週イチペースでやることにしている。

何故に水曜に?
週末やってくれた方がいいんだけど…というような声もないではない。

昨今労働時間に関して各企業でも行政から様々な指導もあるらしく
水曜日を"ノー残業デー"に設定している企業も多いとも聞く。

とはいえ、「特にすることもないしなぁ…」ということで
通常業務に邁進される方も多いのが実に日本人らしいのだけれど
好きなことに時間を費やす、
自分へのご褒美の特別な時間ということにしてもいいんじゃないかなぁ…
などと思う訳です。

普段時間が無いからなぁ…ということで作れない方も多い訳で
敢えて週イチの数時間を好きなことをするために意識的に振り向ける。

そういう意味では既に忘れられつつある"なんとかフライデー"なども
そんな日に意識的に設定してもいいのかもしれない。

ガンダムベース東京での"すいプラ (仮称"に関しては
具体的に何をどうするというのが決まっている訳ではなく
毎週水曜日にカワグチがプラモを作ってるという点だけが
今のところのはっきりした決め事。
これから続けていく中でいろんなことをやりながら
企画のカタチが整っていけばいいんじゃないかなぁ…などと思っている。


ということで、"すいプラ (仮称 "始めました。
今回はガンダムベース東京限定 ゼータガンダム3号機 初期検証型 を作ります。
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作業的にはMS状態、WR状態の2パターンをそれぞれ作ることにしました。
パーツの切り出しから整形、塗装~仕上げもガンダムベース東京で行う訳ですが
普段やっているままにやってると実はかなり地味なビジュアルになる。

取説を確認しながらパーツを切り出し整形、を繰り返す。
今回マイクは付けずに黙々と作業をしていたので
状内壁面に投影された作業画像も多分何をやっていたのかわからなかったことと思う。
この辺りは今何をしてるのかが伝えられる工夫は要検討。

また、黙々と作業していると作業の邪魔になっては…ということで遠慮され声をかけにくい
という状況もあったようなので、その辺も改善点ではある。
作業中のパーツを見てもらったりツールを見てもらうのも全然構わんのだよ。

ということで昨日の成果物を一応見てもらうと…
20180207b_220180207c 20180207d20180207eと、こんな感じでやっている。
来週はペイントブースで塗装なども行えるところまではもっていきたいところ。

とりあえず始めた"すいプラ (仮称 "企画、
三日坊主ならぬ三週坊主にならぬようやっていきたい。
週中に設定しておくと出張デイズが始まってからも国内にいる率が高いからね。
週末・週明けだといなくなるから。

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2018年1月12日 (金)

好きなことを仕事にすること

好きなことを仕事にすると不幸になる…とはよく聞く話で、
好きな事だけやってて仕事として成立するとは確かに思えず
好きな思いを削ぎ落していったり我慢、妥協せざるを得ない場面は必ずある。
そういう時は好きな事だけに挫折感すら感じることもある。
その点では「好きなことを仕事にすると不幸になる」というのは一理ある。

しかし、好きな事だから諦めずにやり続けることが出来るというのも現実で、
好きな事を諦めてしまうのは、好きなことを裏切ることにもなるし
何より自分の好きという思いを裏切ることになる。
だからどんなにしんどくても頑張れるという側面はある。

1985年にバンダイに入社した自分ではあるが
多くの方はご存知の通り、入社前の大学生時代は模型誌を中心に
商業モデラーとしてそれなりの立ち位置は持っていたと思う。

しかし、入社して研修期間を終え事業部に配属になった時
当時の開発課の課長から入社前のキャリアは貴重なものではあるけど
それはあくまでも消費者という立場でのキャリアであり
メーカーの人間となった以上はこれ迄のキャリアは過去のものとして
これからは新たな気持ちで業務に臨んで欲しいと告げられた。

時代はガンプラブームと呼ばれた時期のピークも過ぎ
1983年に発売されたファミコンが猛威を振るい始めた時期。
入社年に放映されたZガンダムのプラモデル販売は後半から失速、
翌年開発に席を置いた自分はZZガンダムの番組担当として業務にあたることになる。
しかし業績は期待値には及ばず、限りある金型予算との兼合いもあり

登場MS全てを商品することは困難だった。
窮余の一策として事業部長が判断したのは従来金型を使った
アレンジデザインのMSの番組内の登用とその商品化で
ドワッジ、ディザートザク、リゲルグ等のMSが番組内で使われることになった。

この時に事業部長の指示のもと協力を仰いだのが旧知のモデルグラフィックスだった。
しかし、苦心しながらも担当してきたZZガンダムだったが
結局番組終了までに計画を満たすことは出来なかった。
ゲーマルクやクイン・マンサといったMSを商品化できなかったことも痛恨事ではあった。
そして何よりストリームベースの川口がバンダイに入ったんだから
ガンプラもこれまでと違って何か変わるはず…
という期待を抱いてくれていた人たちにも応えることが出来なかったのには
自らの非力を突き付けられた思いだった。

その後全社的な組織変更もあり、自分はホビー事業部を離れ
再びホビーに戻ってくるのは0083の最後期のタイミングで、
その後シルエットフォーミュラを経て
久々のTVシリーズとなるVガンダムの番組担当を受け持つことになる。

自分がホビー事業部から離れている間に0080や逆シャアといった
OVA、映画での新作ガンダムは作られていたが、
自分が戻ってきたころにホビー事業部の売り上げを支えていたのはBB戦士だった。
企画プレゼンテーションや予算組みもリアルガンダムはBB戦士の後塵を拝していた。
当時のホビー事業部担当役員からは
「川口が一番働いたのはバンダイに入る前だなぁ、もっと頑張ってくれよ。」
などと言われたこともある。

その頃だったと思うが事業部の酒宴の後に営業の先輩と話していて
多少の酔いもあったが号泣したことがある。
その時の理由ははっきりしている。入社から7年ほどが過ぎていたが
それまで何等実績と言えるものを出せていない自分がとにかく情けなかった。

そんな思いを抱きつつ担当したVガンダムもプラモデルシリーズは期待値には至らなかった。
ガンダムというコンテンツは当初バンダイではプラモデル商材からスタートし
その後ゲーム、カプセルトイ、カードといった商材に広がり
Vガンダムでは男児玩具部門からの商材も多数出された(SDはとりあえず別枠として)。
ファーストガンダムから14年が経過しており
全社的にも継続していくべきキャラクターとして認識されていたのが幸いしてか
Vガンダム終了後も新TVガンダムを展開することとなり紆余曲折を経てGガンダムに至る。

1994年のGガンダム誕生の過程は以前にも記しているのでそちらを参照いただきたいが
序盤のアゲインストの風を東方先生が吹き返してくれて
結果的には何とか計画に至ることが出来た。
その時にそれまでのTVシリーズを中心に商品ラインを構成するというMDとは
一線を画した商品が必要だという認識が事業部内に生じた。

当時の直属の開発課長と営業課長から
「Gガンが何とか結果を出せたし、 来年はガンプラ15周年だから
川口、お前がやりたい企画をやりたいようにやってみろよ」と言われた。
それがマスターグレードとなる訳だが、開発課長のアドバイスを貰いながら
ホビージャパンでの長期リリースを行い、
合わせて商業モデラー時代の人脈もそこで入社以来の封印を解き
外部スタッフとして協力を仰いだ。

Gガンダム後のガンダムWからは国内販売だけではなく海外展開も本格化し
ガンダム20周年以降海外でのガンプライベントも各国で開催され
自分もイベントに派遣されコンテスト審査や製作デモを行うようになる。

そして今に至る訳だが、
振り返れば好きなことをやりたくて入社して
その後の約10年間は鳴かず飛ばずで挫折感に苛まれる10年。
自分が本当にやりたいことが何時出来るという保証もない時間。
それでも続けてこれたのはとにかく模型が好きだったから。
そして模型が好きだという自分の気持ちを裏切らなかったからだと思う。

カワグチさんは好きなことを仕事に出来てずっと続けて来れたんだから幸せですよね。
そういわれることもある。
確かに今商品開発からは離れたもののイベントで各国を飛び回り
G-Base TYOというロケーションを得るに至ったガンダムというコンテンツに関わっていられる
というのは幸せなことだと思うのだが、それでも直接的にそういわれると苦笑いを禁じ得ない。

それでも模型が大好きだという気持ちが入社から32年間を支えてくれているのは間違いない。
好きなことを仕事にするというのは自分にとっては幸せな事だったんだよ。

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